ショート | ナノ
あなたに捧ぐリスト


今日も青い空が広がっていて、芝生の上でゴロゴロと横になって遊んでいれば、頭上から細い影。

「おや、珍しいですね。ナマエさんがこんなところにいらっしゃるなんて。」

歯をカタカタ鳴らして笑う彼は青空の元でも相変わらず不気味ではある。(もう慣れたのだが。)

「ああ、この前の島で買った本はもう読みつくしてしまったから。」

やる事がないんだと芝生に顔を押し付けて言えば、ブルックは小さく考え込んでから、バイオリンを手に取って小さく音を奏でた。少しだけ音の調律を確かめるように弾かれた一節は途中のキリのいいところで終わりを告げ、残されたのは無音の空間とそれを見つめる俺だけになる。どうやら暇をつぶしている俺に、なにか一曲弾いてくれるつもりらしい。


「・・・何かお聞きになりたい曲はありますか?」


バイオリンというとクラッシックのイメージばかりだったのだが、船にこの男が乗ってからはビンクスの酒のような明るい曲や荒い曲にバイオリンを使うことに違和感を覚えることも少なくなった。キィと高い音を鳴らす弦に向かって目を走らせれば、無言の俺に気を使ったのかブルックが、「今の気分を言って下されば何か適当に弾きますよ」と提案をしてくれた。それに目を瞬かせてから首を振る。

「それじゃあ、シューマンの献呈を」
「おや、」
「弾けませんか?」
「いえ、愛の歌が来るとは思ってもいなかったもので。」

少し俯きがちに照れてみせる彼に微笑んで曲を促す。白く細い指先が奏でる音は同じように繊細に、時に情熱的に。今は己のために愛の歌を奏でている。それににこやかに微笑みながら彼の細い脚に手を伸ばした。


「えっ、ちょっと、ナマエさん?!」
「気にせず弾いてて。」
「・・・私も座った方がいいですかね?」
「どっちでも、」


どっちでも構わない。しいて言うならば、曲を奏でているブルックはひどく生き生きとしていて(皮肉とかではない)好きだ。そのまま腕で服の下の白い脚を引けば簡単に崩れる身体と音。


「・・・なに、するんですか!」
「・・・キス、したい。」


非難の声をあげていたブルックに真顔で言えば、少し呆れながら寂しそうな顔をする。なにを不安がること、心配することがあるのだろう。こんなに俺が愛しているのだからそんな感情はまるでないというのに。


「・・・私、クチビルないんですけど。」
「知ってる。」


柔らかい唇も、絡める舌も、なにひとつとしてそこには存在しないことは知っている。そのかわりにあるのは白い固い骨と、歯にほかならず、それ以外には何もない空洞が広がるだけなのは何度も確認済みだ。どういったシステムなのかはわからないが、生きている人間と変わらない生活を営んでいるブルックの、一度死んで骨だけになってしまったという経緯も俺にとってはあまり意味を成さない。むしろ人間の体温が苦手な俺にとってはむしろ好都合といったところだろうか。それだけで好きになったわけではないのだが、正直、もうブルックしか愛せる自信がない。

ふに、と押し付けた己の唇にあたる冷たい骨の感触を楽しんで歯を割り、上顎のあたりからべろりと舌を這わせて、口を離す。てらり、と青空に光る唾液は迷いようがない己のものである。それに満足して笑えば、呆れた視線と目があう。


「・・・相変わらず、趣味悪いですねぇ。」
「・・・・・・?」
「まぁ、知ってましたけどね。」


唾液に光る口元を拭ってから、ブルックは何も無かったかのようにまたバイオリンを奏で始めた。すでにさっきの曲は弾くつもりはないらしく、バイオリンは知らない曲を奏でている。中断させたのは己なので別に不満はないのだが、どこかで聞いたようなメロディに首をかしげて聞いてみる。


「何の曲?」
「・・・さて、何というタイトルでしたっけ?」
「もしかして、愛と死、とか?」


有名なところのタイトルだけを言ってみたのだが、合っているかどうかなんて俺には分かるはずもない。ブルックの微笑とともに終わった会話に、流れるバイオリンの音におとなしく耳を傾けた。


あなたに捧ぐリスト

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