ショート | ナノ
燻った煙と気付く優しさ


煙草を吸っている、とは聞いたことがあった。

「あれ、珍しい。」

都会の人混みに嫌気が差しながら歩いていると、建物の片隅で立ち止まって煙を燻らせている姿を見つけた。私が煙草の匂いが嫌いなのを知っているためか、それとも単に喫煙しない知り合いが居る時は吸わないようにしているのか。

「滝川さんが煙草吸ってる。」

それは分からないけれど、この時初めてみた滝川さんの行動に興味を持った私は、人混みを掻き分けていった。顔が理解できるくらいになった辺りで、一度声をかけてみる。

「たーきがわさーん。」
「名前!?」

ぼーっと煙を見ていただけだった彼は、驚いて辺りを見回している。その行動が面白かったが、少し可哀想に思えたので、小さく手を振ってみる。一瞬目が合い、どきっとしてしまう自分と、その瞬間に煙草を携帯灰皿に押しつぶしている滝川さん。やっぱり喫煙しない知り合いが居るときは吸わないって言う、自分のルールがあるんだろうなぁ・・・と思いながら、また足を進める。近くへ行くと薄く灰色の煙が目に映り、そしてあまり好きではない煙の匂いが鼻を擽る。

「誰か待ってるんですか?」
「・・・・・・。」

聞いても、無言しか返ってこない。しかも一歩踏み出すと、彼の足は一歩後ろに下がる。コレは嫌われたか?そう思って彼の方を見ると、とうの本人は困ったような顔をしている。嫌われていないと言うことに安心はするが、依然として滝川さんは黙ったままだ。

「あの、なんで何も話してくれないんですか。」

そう言えば、更に困った顔を見せる。それを見て、私も困ってしまう。(そんな顔をさせたくて聞いたわけじゃないのに。)少し寂しい気もするが、何か訳があるのだろう。そう理解して、私は一歩後ろに下がる。
 
「・・・忙しそうなので、また」

今度にします、と言おうとして元来た方向へ顔を向けると、またぐるりと半回転して滝川さんの方へ視界が戻る。

「名前、ちょい待ち。ストップ。」

やっと喋った。そう思えば、「悪い」と言われる。

「別に無視してた訳じゃないんだわ。」
「知ってますよ、顔で分かります。結構滝川さんって顔に出やすいですから。」
「・・・うーん、俺は名前の方が・・・いんや、何でも無い。」

そう言って頭を掻くと、「喫煙した直後に話すと、煙草の有害物質が飛ぶらしいって聞いてな。」と小さく呟いた。

「そう言うところ、律儀ですよねぇ・・・。」
「格好良すぎて、おじさんに惚れてくれるなよー?」

そう言ってにやにや笑う滝川さんに「・・・自分で言いますか、それ。」とそっぽを向きながら小さく悪態をついた。


燻った煙と気付く優しさ


「目の前で名前が話しかけてくれてんのに、話せないっつーのは、おじさん、ちと辛いな。」
「・・・じゃぁ、やめればいいのに。」

薄れた煙草の匂いを感じながらそう呟く。

「それが簡単にやめれたら苦労はねーの。分かる?」
「なら初めから吸わなければいいのに・・・。」

今では病院で禁煙治療出来る時代なんですから、やったらどうです。と言えば、少し嫌な顔をする。

「・・・俺さ、病院あんまり好きじゃねぇんだわ。色んな意味で。」
「そんなの知りません。」

  back