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マスタードの小言


「サカズキ三等兵が上官に・・・!!」
「・・・まーったく、またあいつはしゃいでンなぁ・・・!!」

許せないものが許せない、と殴り込みに行く精神はあっぱれだが。あいつは行きすぎていて、傍に居ると息が詰まる。それでも俺はあいつが嫌いじゃない。傍にいると若干背筋が伸びる気がするのだ。いつだって張りつめた糸のような奴、というのが自分の中でのサカズキに対する印象である。

「・・・サカズキ、」

ひょこりと上司と乱闘している所に首を出せば、邪魔するなとばかりに上司の髪の毛をむしり取る勢いで掴み上げているサカズキがこちらをぎろりと睨んだ。それに若干顔を引きつらせながらも、取りあえずどうにかしようと声をかける。

「サカズキ、一応その人偉い人だよー!」
「わぁかっちょるわ!」

ギリギリと上官の首元を掴んで揺さぶっているサカズキが俺の今の言葉を理解しているとは言い難い。かといって下手につっこんでは巻き添えを食らうのが分かり切っている。さて、どうしたものか。サカズキやボルサリーノみたいに超人じみているわけではないので俺が突っ込んでいった所で怪我するのは見えているし。

「おっ、ちょうど良いところに・・・ボルサリーノ!!」
「え、わっし嫌だよぉ・・・今忙しいし。」
「おま、それ小説読んでるだけだろ。」

嫌がるボルサリーノの手元からさっと小説を取り上げて笑えば、渋々といった様子でボルサリーノが立ち上がりスタスタとサカズキの所まで歩いていく。よし、その調子だ。

「・・・で、サカズキはぁ〜なんでそんな怒ってるのォ〜?」
「貴様には関係無いことじゃ。」
「ふぅん、でもナマエくんが心配してるからさァ、愛想つかされないうちに戻りなよォ?」

サカズキの耳元にボルサリーノは唇を寄せて笑う。それにサカズキは怒って、上司から手を離してボルサリーノに殴りかかり、その拳を素早くボルサリーノが笑いながら避ける。まったくもっていつもの光景である。

『お前ら、このことは上にも報告させて貰うからな!!』

2人がじゃれ合うようにやり合う中、負け犬の遠吠えよろしくきゃんきゃんと吼える"一応"上司にボルサリーノはひらひらと手を振り、サカズキは不機嫌そうに目を細めている。俺はといえばその様子をいつだって見て、サカズキの怒りが納まった所で事情を聞くだけだ。

「まったく、サカズキはさァ〜、真っ直ぐ過ぎるんだよねェ〜!」
「其れが良いところなんですが、若干というか行きすぎてる分だけ短所ですよね。」
「お前ら・・・!!陰口はもちっと隠して言わんか・・・!!」

若干上司を殴ったときについたのだろう拳の血をそのままに殴りかかってくるサカズキの手を取る。よく見ると至る所ぼろぼろである。上司はそれなりに階級に見合って強いのだから当然と言えば当然。それになんだかんだで対抗できているサカズキが異常なのだ。

「まったく、怪我なんかしちゃって。」

ポケットからハンカチなんて上等な布は出てこなくて、何時入れたのかわからないようなタオルが出てきた。くっしゃくしゃで汚いが、血が出続けているよりかは良いだろう。

「・・・もうちょっと大人しく出来ないのかね。」

片手に持っていた小説をボルサリーノに返してから、空いた両手で血の滲む彼の拳にそれを巻いてあげれば、サカズキはまじまじとそのタオルを見て目をまん丸にさせた。白に赤がじわりと滲む。

「出来んことくらい、もうわかっとんじゃろうが。」
「解ってるよ、それくらい。」

はい、応急処置終わり。とん、と手で滲む赤を叩けばサカズキは若干息を詰めてからこちらをいつもの目で見る。

「・・・ボルサリーノは止めてくれたんだから、あとで謝っときな。」
「ああ、」
「まぁ、いいけどさ。俺、もうとばっちりで上司に呼び出し喰らうの嫌だからな。」
「ナマエはズル賢いからのぉ、さっきも要領よく避けとったじゃろうが。」
「おー、解ってンじゃん。」

俺は面倒事は嫌いなの。そう呟いてみればサカズキが嫌に真剣な顔で、「わしも、面倒なんか・・・?」と聞いてきた。それが思ったよりも不安げな声だったので、驚きとサカズキらしくなくて噴き出してしまった。

「なっ、お前、笑わせるなよ。」
「笑い事じゃ、ないわ」
「俺は嫌いじゃない、けどさぁ・・・」

ただし俺を巻き込まない範囲で頼む。にっこり笑えばサカズキは若干顔を青くして帽子を目深に被り直して唇を震わせた。

「そうか、」
「でも、当然だろ。俺はお前みたいに上に睨まれるの無理だし。」

だって、お前の目指してる正義と上の正義とが違うことくらいお前も俺も知ってるだろう。俺の正義とお前の正義だって違う。どの正義がより正しい、ということなんていうのはなく、ただ強いものの正義が押し通されていくだけの社会。そりゃあ異なる事だって気に入らない事だってあるだろう。それでも長いモノには巻かれていかなくちゃ行けないのが世の中だ。いつまでも聞き分けのない子供で居るわけにもいかないから、どうしても自分を押し通したいのならば、上に行くしかない。己の正義を貫ける強さと権力、それこそがきっと海軍で生きていく上では必要なものだ、と俺は知っている。それまでには途方も無い時間がいることも。

「・・・お前が強くなって偉くなりゃ、誰も文句言わねぇよ。」
「・・・励ましたいのか、叱りたいのかどっちじゃ。」
「んー・・・、さてどっちでしょう?」


マスタードの小言

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