ショート | ナノ
山羊と手紙


『こんにちは』
『お久しぶりです』
『お元気ですか?』


どんなにありふれた台詞を紙の上に滑らせてみても、どれも違う気がした。
次第に手元の消しゴムは小さくなって、どんどん紙は汚くなって。
だから素直な気持ちでポストに手紙を出したのだ。
これ以上、汚れてしまわぬように。


くろやぎさん から おてがみ ついた


内容なんて考えずにポストに投げ込んだ手紙は、カモメが運んでくれたようで。
数日後に届いた手紙の封を切って、懐かしいあなたの文字を指でなぞる。
『申し訳ないのだが、ペットの山羊が手紙を食べてしまったので、』
相変わらずな男の几帳面な筆跡に微笑みが零れてしまう。
内容なんてこの際気にしては居ない。
『もう一度手紙をくれないだろうか。』
最後の文面を書くのによほど戸惑ったのだろう、紙は所々くしゃくしゃになっている。
机の中から羊皮紙を引っ張り出し、もう一度彼宛に手紙をつづる。


しろやぎさん たら よまずに たべた


最初の文面と同じ事なんてもう一度かけるわけないのだが、
今回ばかりは同じ内容の手紙を笑いながら封筒に入れてポストに投げ込んだ。
彼の驚く姿が目に浮かぶようだ。


しかたがないので おてがみ かいた


手紙がついたのだろう、数日後に電話が鳴った。
「もしもし?」
「まったく、怒ってるのか? なんなんだ、あの手紙は!!」
電話の内容はやはり彼の手元にある手紙の事だった。
彼にしてはすこし慌てたような口調。
「ふふ、あれはね。 怒ってるんじゃなくて、」

初めに出した手紙の次点で、もう既に手紙は白紙だったのだ。
あなたに向けて出す手紙には、私の考えは書ききれなくて。
それで想いだけを封筒に載せて手紙を出したのだ。
流石に山羊に食べられてしまうなんて思っても見なかったけれども。


さっきの てがみの ごようじ なあに ?


「あなたなら、きっと電話をくれるって思ってたの。」


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