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愛してましまし


先日まで休みを取っていたため、目の前の紙に書かれた内容に眼が追いつかない。"ノボリ"の文字の横にしっかりと書かれている自分の名前。

「ねぇ、どういうことかご説明していただけるでしょうか?」

こちらは明らかに憤慨しているというのに、目の前の男は表情筋をぴくりとも動かさず、どうした、と言わんばかりの態度。それが更に私を苛立たせているとは相手は思ってもないのだろう。

「・・・何か今日のシフトに不都合でも?」
「大有りに決まってます。」

ずいっと目の前に勤務表を押しつけてやれば、そこには自分の名前と目の前の相手、すなわちサブウェイマスターのノボリの名前がご丁寧に並べられている。問題は並べられている勤務の場所と何故並んでいるのが自分の名前なのか、である。

「マルチバトルのトレイン内勤務表に、何故、私の名前があるんですか!」

前々からダブル、強いてはマルチバトルが苦手な自分のバトルスタイルは常に直球ストレート。つまり生粋のシングルバトル狂で、残りの戦歴はさんざんなものだというのは他の駅員も把握済みである。

「・・・ですから、私がフォローします。」

淡々と言い切る男の灰青色の瞳は酷く冷静に呟いた。

「そうじゃなくてですね!マルチトレインと言ったらお客が期待してるのは白黒ボス!」

むしろクダリさんといつも組んでいる癖に、何故今回から限って自分の名前を羅列しているのか。

「マルチの相手が白ボスでないなら、古株のクラウドさんとか・・・他にマルチ得意な人いるでしょう・・・」

聞く耳を持たない相手への抗議ほど疲れるものはない。何故私なのだ、そして白ボスは何処に行ったのか、と問いかければ黒ボスは不敵な笑みを浮かべて言い切った。

「クダリはニンサバに研修旅行中でございます。心配しなくともその間だけです。」

話に聞けば白ボスが研修に行っている間はダブルトレインは挑戦者止めのためにキャメロンが5両目、6両目には古株のクラウドが全力で白ボスの不在をカバーするらしい。(ちなみに勝ち抜かれてしまった時はこっそり黒ボスが着替えて出動するのが毎回だ。)確かにシフトの組み方は私以外もおかしいと思っていたのだがそう言うコトだったのか。

「・・・なら、仕方ないかぁ・・・ん?」

うっかり納得するところだった。要するに白ボスの不在中のサポートでダブルに人員が割かれると言うことは、必然的にシングル、マルチ共に最低人数で回すことになる。・・・と言うことは自分は何時も通りシングルに籠もっていた方が回しやすいと思われる。もしくは操縦室で内勤に励んでいた方が慣れないマルチでボスの足を引っ張るより効率的だ。

「・・・で、それはいいとして。何故ボスと私がペアでマルチなんですか。」
「ばれましたか。」
「よく考えてみれば私に白ボスの代わりとか、絶対に無理ですもん。」
「通すつもりは無いので前車両にはトトメスとラムセス配置しますので、その辺りはご心配なく。」
「じゃあ私いらないよね!要らないよねそれ!!」

ダブル組のラムセス、トトメスの気の合うコンビが前の車両で止めてくれるのであれば、後ろの車両までくる相手はトウコちゃんとかトウヤくんレベルの相手だけだ。・・・ようするに滅多に無い。

「何を仰いますか!私にはナマエ様が必要です!!」

にっこりと笑う彼はすごい綺麗な笑顔で肩を掴む。うっかり頷いてしまいそうになったが寸での所で踏みとどまる。

「どう考えても無理ー!!!」

嫌々、と首を振って拒否して見れば、ノボリはどうしたものかと狼狽える。ノボリが焦るのには理由がある。時間だ。そろそろ本格的にお客が乗車される運行時間になってしまう。他の駅員達は各自シフト表に乗っ取って既に配置を終えているようで、現在ホームは私と黒ボスの2人きりになっていた。インカムからは他の列車の発車連絡が入る。

「・・・あなたにしかできないのです!」
「何故!!」

ばさり、と黒ボスが黒いコートを脱ぎ、私の手に乗せる。よく解らないといった表情をしてみれば、口元を白ボスのように引き上げた黒ボスが口を開く。

「ノボリのコート貸してあげる!だから今日一日大事に着て欲しい!」
「は・・・・?」
「ボク、今日一日クダリ! キミ、今日一日ノボリ!」

指を指して笑う黒ボスは白ボスのコートと帽子をきゅっと装着する。流石双子と言ったところか。ほとんど見分けなんてつかない。

「それ、ナマエにしか出来ない。なんでかって? ノボリ、好きな子とボクにしかコート貸さない!」
「・・・は?」

「・・・ですから、そう言うことでございます。」


ニッコリとクダリではしないような妖艶な顔でノボリは笑うと、手の内にまだあった黒いコートを頭から私に被せて、そのまま手を引かれるがままマルチトレインに駆け込んだ。私は突然暗くなった視界と先程言われた言葉に動転していて、それどころでは無かった。


愛してましまし


「・・・そういうコトってどういうコトだ!」
「少しはご自分で考えてくださいまし。」


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