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涙が小石に変わる夜


弱い人。俺が弱いフリをして貴方についていっているのがどうしてなのか、貴方は馬鹿だから知らないのでしょう。俺のこの気持ちについては知らなくてもいいことなのだけれども。

「なぁ、ベラミー」

俺がこの手でさっと貴方の首を絞めれば、きっと貴方はすぐにこの場に倒れ伏すのだろう。貴方は弱い、俺が手を下せば一瞬で方がついてしまうくらいには。今の君にはまだ自覚は無いだろうけど。

「ん、なんだ?」

どうして俺が、ひたすらに強さを求めているのか知らないでしょう。海の男は強くあるべきなのはもとより、俺より弱い貴方を守りたかった。言っている事は実にお綺麗事なのだが、俺の場合は俺以外にベラミーが屈するのを見たくないと言う歪んだ一心だ。

(俺だけ居れば、残りは要らないでしょう?)

言葉には出せなくってごまかしたけれど、俺が居ればリリーもサーキースも、貴方の周りの小うるさい女達だって本当はいらないでしょう? 言ったところでベラミーがこの問いに頷いてくれないのも知ってる。馬鹿な貴方の頭は考えることすら放棄して、大げさな冗談だと笑い飛ばしてみせるのでしょう。それに、俺としてもそれは、本当にいなくなってほしいとかではなくて、ただのほかの船員に嫉妬をしていただけだから、それでもよかったのだけれど。


 * * * 

「・・・リリー?」

道端に切り捨てられたとみられる仲間の残骸に、真っ白になった頭で一心に酒場を目指した。こんなことになるのなら、近くの島に買付なんて買って出るのではなかった。長くこの地にいたから安心していた。この前半の海でベラミーより強い海賊はめったにないだろうなんて考えた俺を殴ってやりたい。必死に足を動かして、いつもベラミーが駄弁っている酒場まで足を向ければ、中に一歩踏み込んだ際に飛び込んできたのは鮮烈な赤。

見慣れた金の長髪が赤色の海に汚れて浮いている。それらを無造作に蹴り分け、俺の最愛までを奪おうとする男の手に牙をむける。こちらに気付いて侮蔑の表情を浮かべながら高笑いをする男は、俺のもともとの飼い主であった男・・・"天夜叉"ドンキホーテ・ドフラミンゴだった。

「ナマエ、俺のところから逃げ出した癖に・・・こんな所に居たのか。」
「・・・ベラミーを、離せ。」

最愛を弄ぶ男の口元には笑み。ぞわりと背筋が冷たくなるような視線すら、この男は変わっちゃ居ない。

「・・・おい、雑魚。チャンスをくれてやる。」

「良く出来たらご褒美やるよ」と這い蹲っていたベラミーの腹を蹴り上げた後、そう言って彼の耳元にドフラミンゴが唇を寄せた瞬間、彼の目が絶望に染まる。『これ以上犠牲を出したくないなら、自分の手で目の前のこいつを仕留めろ』と小さく聞こえた言葉は、男らしいと言えば男らしくて虫酸が走る。周りに倒れているサーキース達はもう虫の息だというのに。そして俺にも同じようにフラミンゴが笑いながら耳元で囁く。それはあまりにも残酷に鼓膜に響いた。

(死にたくないなら、ベラミーを・・・)
ベラミーを殺せば、ドンキホーテファミリーから勝手に足抜けして逃げたのも見逃してくれる、なんて甘い言葉を吐く男。昔の俺なら喜んでベラミーの首を撥ねただろう。でも今は。

「・・・ナマエ、」

ゆらりと彼が泣きながら立ったのは、おれの前。解ってる、解っているよ。君のことならなんでも。解っているから辛いんだ。君は仲間に対してはひどく優しい良い船長だったから。ぎゅっと獲物を互いに握りしめての対面に、泣きそうな顔をしたベラミーに俺は無理して笑いかけた。滑稽だと笑うピンクの騒音が耳を撫でたが、今はそれすらも聞こえない。


涙が小石に変わる夜


「ベラミー、ごめんね。」

今の俺では、やっぱりさらに強い彼には太刀打ちができなくて、二人でかかってもきっとドフラミンゴには敵わないと結果はもう出ているから、俺にはこれしかできないんだ。獲物を同じように振りかぶって泣きながら俺に向かってくるベラミーの手にあったナイフを俺のナイフではじき落とす。絶望の色に瞳を染めたベラミーを抱き寄せて、俺は俺の首を持っていたナイフで掻っ切った。

彼のために死ぬことは辛くはない。ただ、最後まで君の傍にいることができないのが、

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