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手も触れられない


信じられない、そんな言葉で僕の囁く愛を跳ね退ける無情な指先。長い睫毛を少しだけ湿らせながら驚愕の目で僕を見る顔がとても好きです。僕のほうを疑り深くじっと見つめて、信じたいと信じたくないの狭間で揺れる貴方の染まる頬を撫でるのがとても好きです。きっと僕等は愛し合っていました、少なくとも僕の方は愛していました。


『・・・好き、です』
「・・・嘘だ。」

本当は、とっくに"××している"癖に。それ以上に期待したく無いんでしょう?いずれ傷つくと逃げてばかりの貴方に退路を残している自分もきっと意地が悪いのだけれど。それでも僕は貴方に選んで欲しいのだ。選んでくれたのだったら僕はなにもかも捨てて貴方に尽くすというのに。


『・・・愛して、います』
「信じられる訳がねェ・・・」


何時だって信じては裏切られてきた、とさめざめと泣きはしないものの何処か哀愁を漂わせながら目を伏せる貴方はとても綺麗です。信じられないと言う貴方の唇に己の唇を重ねたいと思うほどには、綺麗です。何時だって貴方は綺麗なのだけれど。


『・・・じゃあ、どうしたら信じてくれる?』
「・・・・・・。」


何も言わなくなってしまった貴方は、どうやら僕のその言葉が怖いようなのです。無償の愛だとか、信頼しているだとか、形に残らないものが怖いようなのです。引いては僕のことが全てまやかしだといわんばかりにこちらを睨むのです。


「俺は・・・お前だけは信用出来ねぇよ、ナマエ。」


だから"××"なんてしたくなかったんだ、と酷く己を攻めるような口調で吐き出す貴方の吐息は相変わらず、とても渇いているようで。


『さんざんな、言われようだなぁ・・・』


でもそんなクロコダイルが僕は好きだよ。そう口に出せば、クロコダイルは瞳から透明な、僕が一度だって見たこともないような酷く脆い液を流しながら、僕のことを詰るのです。馬鹿野郎、だなんて。僕はいつだってクロコダイルの事を思って、君の最善を思ってやってきたっていうのに。


『くーろこちゃーん!』


ほら、名前を呼べばこちらを見る瞳。深いアンバーのような色をした2つの瞳が僕を捜して彷徨うように部屋を見渡す。

「ナマエ・・・?」



ああ、やっぱり。
やっぱり見えてないんだね、と溜息を吐き出してみても既に身体が存在しない自分には空気を震わせることも、溜息を吐き出す事もできやしなかった。そりゃあそうだろう。僕は既に生きては居ないのだ。ここにいる君を抱きしめる腕だって、駆け寄る足だってどこかに放りだしてきてしまって、ここには彼に見えるはずのない僕からの気持ちしか残っていない。つまりそういうコトだ。


『クロコダイル、僕は、君に会えて、とーっても、』

幸せでした。


聞こえないからもういつもみたいに否定は飛んでこない。それはそれで寂しくあるのだけれど。やっぱり、否定でも良いから君の声が、僕に当てた言葉を聞きたかったよ。
前みたいに僕が、『クロコちゃんを世界一愛してます!』なんて言った際には、「いい加減にしろ、枯らすぞ!」って顔を真っ赤にしながら怒り出してしまった事もあったよね。実にあれは可愛らしかった。信じなくても良いから僕の言葉を否定しないで、とあの時は言ったけれども、でも無視して欲しくて言った訳じゃないんだ。


『・・・死んでも君を愛しています。』


一回くらい死んでやり直したら僕のこのビョーキが直るんじゃないか、なんて笑いあった事もあったね。でも賭はやっぱり僕の勝ちだよ。今になってもやっぱり僕は君の事が大好きなままだし。


『クロコダイル、』

やっぱり僕は君のこと、



「ああ、愛してるよ、馬鹿野郎!!」


"置いていくな、俺を1人にするんじゃない"なんて、感情を露わにして顔をくしゃくしゃにしながら泣く君を抱きしめる腕が無いのは今はとっても死ぬより辛い。君の言う事は何でも出来るだけ叶えてきたつもりだったのに、こんな可愛らしい我が儘すらも聴いてあげられない自分が悔しくて仕方がない。


『僕も・・・愛していますよ、クロコちゃん。』


すり抜けてしまう腕で、悪あがきのように彼の頬に手を添える。君を幸せにする、と僕が誓ったのに。やっと欲しかった言葉を貰ったのに。今の僕には彼を幸せにする力も、これから彼に全てを捧げることさえも出来ない。なにも持っていない自分では、何も彼に与える事は出来ないのだから。でも、君を置いては行かないよ。


『連れて行く事はしないよ、置いていくこともしない。』


ただ、待っているから。君が置いていくなと泣くのなら、僕は何年でも君を待つから。なるべく来るのは遅いほうがいいかな。何年も経って君の怒りが静まったら、そしたら今度こそ。ちゃんと今度は僕に向かって、さっきの言葉をもう一度聞かせて欲しい。


星が流れる午前2時

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