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例えば空が、


空が落ちてくるんじゃないか、なんて昔騒いでいたキチガイが居た、と言う話しがある。あれは馬鹿だ、と当時は思っていたが、世の中には思い込みで病んだり、馬鹿みたいになる奴は一定数存在しているようだ。

「ロー、船長、」

薬ちょうだい、死んじゃうなんて弱音を吐くこいつはうちのかなり古株のクルーなのだが、至ってどこにも悪いところはない。強いていうならこいつが悪い所は思い込みの激しい心配性なところか。

「わかった、待ってろ」

部屋に戻り、奴の薬を瓶から出してオブラートに包む。一回分にするのは奴が心配ゆえに過剰な摂取をしたことがある為だ。精神安定剤と漢方とされる薬草をすり潰したものを混ぜて構成されているそれは、無駄に苦い変な味をしていたが、苦い方が安心すると彼が言っていたから味についてはもう気にしない事にしていた。

「船長、薬効いてないかもしれない」
「わかった、考えておく」

効いてない、んじゃない。元々悪い所なんかお前には無い、そういってしまえば早いのだが、こういう奴は何を言っても解ってくれないと医者の経験で知っている。また味を変えないといけないな。苦くなっていればまたこいつは騙されて、今までどおりの生活に戻れるのだから。

「で、効いてないって?」

症状があるわけでもないのに効かないってどういう意味だ。問い詰めれば、心拍不全だと。外科医の俺にとっては薬の処方より楽な事だ。

「気を楽にしろ、すぐに終わる。」

スパン、とぶつ切りにして体内を覗いてみてもやはり悪い所は見当たらない。また思い込みか、溜息をつきつつ体を元に戻してやれば、顔を絶望に染めたナマエと目が合う。

「まさか、不治の病とか。」「馬鹿、ただの不摂生だ。」

強いて言うなら、確かに心拍は早いがそれだけだ。特に異常らしい異常はない。

「薬飲んで、しっかり食べて、しっかり寝ろ。」

心の中の病までは俺は処方しきれはしない。それでも、俺は医者だし、何よりこいつの船長だ。誰かが言ったように空が落ちてきても、槍が降ってきても、守ってやるし、怪我をしたら直してやるから。

心配ばかりする男に再度溜息をついて、何度も大丈夫だ、と言い聞かせる。面倒で手間ばかりしかない。それでも根気よく俺が茶番に付き合ってやってるのは、大概自分もこの茶番が悪くないと思っているからだ。飲まないと死ぬ、なんて嘘で信じやすいこいつを縛りりつけてしまう程度には。


今日も空は落ちてこない



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