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一方通行な両思い


男か女かも知らないひとに、恋をしました。

カモメ便で届く手紙の数々に目を通していると、それはあった。

「・・・ああ、“イクス”さんだ。」

そう呟いて青いラインの入った真っ白い封筒を開ければ、インクの香りが鼻をくすぐる。そして中に入っている便箋には、印刷されている青い罫線よりも暗い色で書かれた文字が。書かれている主な内容は最近の事や、先週私が出したお題に沿った話。それらのことを綴っている文字をなぞりながら、この紙の向こう側にいるその人を想う。

知っているのは手紙として出された内容のことだけ。ちょっとうっかり屋さんで、仲間や皆を大事に思っていて、本が好きで、北の海出身で・・・。手紙の中のことしか知らないからあれだけど、文字を見て思うのは真面目で、誠実な人なんじゃないかな。と思ってしまう。あと分かっているのは。と指で最後の名前の部分をなぞる。

「“イクス”さん、か。」

本当の名前かは知らないけれど、最後の所に書かれる『X』。ペンネームだとは思っているけど。“エックス”とか“バツ”じゃないかとか同僚たちと読み方の談義をしたこともあったけど、私は“イクス”という読み方が何となく気に入っている。そして何より。手紙の相手が何も言わないのだから、“イクス”でこれからも通していくつもりだ。

「ナマエさーん!もうそろそろ準備お願いします!」
「はーい!了解でーす。」

そう言って部屋の中へと入って、いつもの指定席へと座る。深呼吸をして、ゆっくりと前を見つめて。



「皆さんこんにちは!ナマエです。」

今日もあなたに、この声が届きますように。


ハローハロー、まだ見ぬあなたへ


『イクスさん、今日もお手紙ありがとうございます!』と嬉しそうに言う彼女の声が、執務室に広がる。初めて紹介された時は一瞬違う手紙と思ったのだが、文面を読まれたときに“イクス”というのが自分だということに気がついた。ペンネームだなんて大層なものが思いつかなくて、名字を書いて送ったのだ。読み方が違ったが、訂正しようとは全く思わなかった。

『毎日お疲れ様です。そうですねー、私も最近・・・。』

お疲れ様というナマエの声に、徹夜続きに近い体が少し軽くなるような気がする。少し書類をしていた手を休め、疲れている眼を閉じて。彼女のことを想う。彼女のことはナマエという名前と声と、ラジオで話す事柄しか知らない。朝起きるのが苦手だとか、手紙や音楽が好きなこと。恋愛やホラーものよりも、サスペンスやアクションものが好きなこと・・・。話している声を聴いていて思うのは、結構真面目そうに見えて、なかなかマイペースでおっちょこちょいな人のようだ、とか。一度もあったことの無い人物に思いをはせる。

書類を後回しにして、引き出しから彼女に渡すためだけに買った便箋を取り出して、紙に文字を綴っていく。この手紙が、また貴女の新しい一面を知るきっかけになれば良い。書き終えた便箋を封筒にしまい、後でカモメ便に預けてこよう。などと、終わるめどが立ってない書類の前で、そんな暢気なことを考える。

会ったこと、見たことも無い女性に、好意を寄せるだなんて。

「・・・・・・ナマエ、貴女は笑うだろうか。」

そう自然と呟いてしまった己に苦笑しながら、丁寧に封をする。この想いも、手紙に乗せて届けてしまえればどれほどいいか。

また貴女に、この手紙が届きますように。

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