胸ポケットのミラクルキャンディ 「苦い」 キスの味は毎回同じ、苦い煙草の味。 「なら、もうしねぇ。」 そういってふて腐れる彼の頭には禁煙と言う選択肢は無いようだ。今でさえ、止めて欲しいと言っている傍ら、胸ポケットから葉巻を取りだし、白い煙を吐き出しているのだから。 「檸檬味とまでは言わないから苦いのは止めて?」 「檸檬は・・・って古いだろ。結局、ナマエは俺にどうして欲しいんだ?」 煙草を止めて欲しいと言ったところで、中毒になっている彼に禁煙は絶対に無理。 大体既に禁煙と言ったとしても無理なのは目に見えているのだから。必然的に問題は煙草を吸った後の唇の味をどう変化させるのか、に留まる。 「私にキスするときは檸檬味の飴でも舐める?」 「なんで疑問形なんだ。」 それ以外に思い浮かばなかったのだが、余りにも飴を舐める事と彼が結び付かなくて、言い淀んだのだ。だってどう考えても好きで飴をなめるような人には見えないし。 そう思っていると、目の前に差し出される右手。 「飴、出せ」 「今は、無いけど。」 苦笑すると、少しいらついた様子で腕を引かれた。 「今、したい時はどうしたら良いんだ?」 「・・・馬鹿、」 背の高い彼がすこし屈みながら、顔を近づけてくるので、目を瞑れば、軽い音をたてて触れるだけの軽いキス。 「っ!」 足り無い、と口に出してしまいそうになるのを押し止める。それじゃ、彼の思う壷だから。 「どうする?」 軽いキスは嫌だけれど、苦いキスを何度も味わうのも癪なのを、わかって聞いてくる彼に、降伏するのもなにかむかついてしまうので、それならば。 「飴、買いに行こうか。」 咄嗟に思いついた妥協案を言葉に乗せて、にっこり笑いかければ、彼は少し苦い顔。それでも、なんだかんだで足早に駄菓子屋に歩いていく彼の背中を追えば、差し出される右手。 「ナマエ・・・ほら、行くんだろ。」 「当たり前でしょ。苦いより甘いキスの方がいいもの。」 春色檸檬味 その日以降、彼の右胸ポケットには常にキャンディーが入ってるのだとか。 back |