ショート | ナノ
幸せの方程式


ある日の街角に見知った顔を見つけた。
「あれ?ナマエじゃねぇの?!ひっさしぶりー!」
前回、別れたときより一回り大きくなった彼。
その顔も以前よりすこし頼もしくなっているように思えた。
「うわ、エドー、久しぶりー。」
「あれから全然連絡寄越さないんだもんなー。そう言えば何処にすんでるか聞き忘れたし。」
寂しそうに言う彼に少し罪悪感を抱きながらごまかし紛れに笑ってみる。
それにすこしむくれつつも、彼はなにやらポケットから紙をとりだした。
のぞき込むとそこには見知った名前。
『アンジェリーナ・ローレス』
〈・・・・・・あ。〉
「この人探してるんだけど。ナマエ、この人知ってる?」
何も知らない彼の笑顔が痛い。凄く痛い。
「知ってるも何も・・・・私だよ、それ。」
彼の笑顔が固まった。
それも仕方ない。だってそれは偽名なのだから知らなくて当然といえば当然だが。
エド達と行動を共にして以来、以前にも増して国家錬金術師の勧誘が激しくなってきたので、
彼達と別れたときに名前を変えて一時身を隠そうと決めたのだった。
名前だけ一人歩きしている錬金術師は噂で自分を判断されやすいからだ。
エド達は逆にそれを利用しているようだが。
説明しがてら自分の研究室兼自宅に案内した。


彼は多分研究資料等を見に来たのだと言葉から察すことが出来たので地下室に案内した。
「ナマエ、ここって・・・。」
1m先がみえるかどうかも謎だった地下室に明かりを付ける。
「うん、研究室。エド、何か探しに来たんでしょう?」
書類・研究資料は下手な図書館よりもそろっている方だとは思う。
もう発行されないような古い本から、禁書と言われるものまで様々だ。
ジャンルだって料理のレシピから機械工学まで幅広くいいな、と思ったものをそろえている。
「すっげー!読んでも良いか?」
心なしか彼の目が輝いているように見えた。
「OK。今からお茶でも持ってくるね?確か砂糖多めで良かったよね?」
「さすがナマエ!美味いの頼むぜ?」
 本を探しながら不意打ちのウインクに少しだけ、少しだけだがドキリとしてしまった。
「了解ー!」
返事を返しながら、上のキッチンまで早足で駆け上る。
一番上の戸棚から来客用のコップを取り出そうとしてやめる。
彼はたしか客用のコーヒーカップよりマグカップの方を好んで使っていた、と不意に思い出す。
普段使いのカップの中からマグカップを取り出すとそれに熱いお茶を注ぐ。
カップに映る自分の顔が心なしか緩んで見える。
〈なんかどうしようね・・・・。〉
お茶を持って地下室の彼に届けに行く。
そこで彼は一冊の本を読んでいた。
紅い皮の表紙に金で綴られている文字が印象的なそれは。
私の小さい頃のアルバムだったのだ。
お茶を彼のそばの机に置いて、彼に向かって話しかける。
「エド、それは研究には関係ないんじゃない?」
彼は私に気付くと、ぱっとアルバムを閉じ、後ろに隠す。
「まったく、何を読んでるかと思えば・・・真面目にやりなさいよねー!」
叱りながらもアルバムを取り返そうと彼の後ろに手を回す。
彼はアルバムを上に上げたりして私の手から逃れようとした。
「何がそんなに見たいのよ!返しなさいったら!!」
「だーっ!良いだろ、俺が何見ようと!」
「それは関係ないでしょ?私のアルバムに何の意味が有るって言うのよ?!」
小さい頃、母や父や姉、そして師匠がいたときのアルバム。
未練たらしく、捨てることも出来ず、かといって開く事も出来ないまま保管していたのだが。
最後のページだけは。最後のページだけは開いてはいけない。
急いでこちらに戻るときに挟んでしまった写真の存在を、たった今思い出したから。
「意味ならある!俺が興味あるからだ、だから見せてくれたって良いだろ?」
「見られたくない過去ってもんだってあるでしょうが!」
「酷ぇ!俺の過去はほとんど知ってるくせに、俺だけナマエの事知らないなんて卑怯だ!」
相変わらず理由はあまりにも勝手で子供じみたものだが、そう言われてみれば話した記憶がない。
必要もないと思っていたのだけど。
考えているうちに不意にアルバムから一枚の写真がこぼれ落ちた。
それは彼等と別れる前の、エドと一緒に撮った一枚の写真だった。

「お前、これ・・・・!」
「だから見ちゃ駄目だって言ったじゃない!エドの馬鹿、死ね!!」
そう言いながら手当たり次第にものをあてて抗議する。
彼は痛い、なんて言いながら私の隣で笑っていた。
ふたりの気持ちがお茶の湯気に混じって部屋を包み、解けていった。


苦い思い出に隠した甘い記憶


こう言うことが一般的に「幸せ」だって言うのかな?


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