ショート | ナノ
傘と私と


冷蔵庫に何も入っていなかったので、買い出しに出かけた私。
「いやぁ、良い買い物した!!ナマエさん、頑張ったよ!」
取りあえず、ルートの好きなヴルストとジャガイモを沢山買えたので、ホクホクしながら帰る途中。
抱えている紙袋にポツリと何かが落ちてきた音がした。
「・・・ ・・・?」
不思議に思って顔を上げると、どこにも太陽は見あたらなかった。 

それを見た私は雨が降るかな、と思い足を速めて走り出した。
しかし、走り続けて息が切れ始めた私の上に、雨は容赦なく降り続ける。
そして、それがどんどん強くなっていくのに比例して、腕に抱えている紙袋はどんどん色を変えていく。
「あー・・・。これはやばいよね。」
腕の中の紙袋がさっきよりも重くなり始めて、私は近くの喫茶店に飛び込んだ。 
紙袋が中身に負けてしまえば、それこそ大惨事になる。
 それぐらいだったら、珈琲でも飲みながら、雨がやむのを待てばいい。     
青い空が見えてくるのを祈りながら、私は店員さんに珈琲を注文した。

雨が降っていると、時間が経つのを忘れてしまう。
多分それは、雨の打つ音に音がかき消され、時間によって変わる光や影が見えないからだと思う。

珈琲を飲みながら、私は濡れて鮮やかな緑に変わった外の植物を見ていた。
ただ、植物が雨に負けまいと頑張っている姿を30分ほど見ていた。
・・・・・・はずだった。
ふと腕時計を見ると、ここに入ってきてから1時間以上経っていた。
「・・・あ・・・さすがにルート、怒るよな。」
取りあえず彼は、時間にルーズなのを極度に嫌っているから、怒られるのは確実だろう。
「・・・ヴルストとジャガイモで勘弁してくれないかなぁ・・・。」
多分、それは無理だ。そう自分に言い聞かせ、居心地の良かった椅子から立ち上がる。
そして、扉をくぐって外へ出ると、案の定まだ雨が降っていた。
「うああああああ・・・やっぱり降ってるよね。うん、分かってたよ。」
そう呟いて周りを見渡してみると、いつの間にか広がっている水たまりが目に入る。
その水たまりは、激しく降る雨のためか、何の景色をも映さない。(喫茶店に入る前よりも酷いよな・・・。) 
腕時計の秒針が凄く大きく聞こえる。
「もーやばい。やばい。・・・早く家に帰らないと・・・。」
時計と水たまりを交互に見ながら、また、やばいと呟く。 
「・・・後5分。後5分経ったら、走っていこう。うん、それがいい。」
その間に少しでも、止んでくれればいい。そう思いながら。

「・・・・・何故止まない。」
変な汗が出てくるのを感じながら、私は呟いた。
雨は私の思いを聞いてくれず、しかもさっきよりも酷く降っている。
本当は行きたくはないが、秒針がカチコチと早く帰らなければ、と責めてくる。
「・・・もういい。ナマエさん、行くよ!」
 取りあえず紙袋が濡れないように、上着で来るんで足を屋根のない地面に一歩踏み入れる。
すると、私が行こうとする方向とは反対の向きに引っ張られる。
私は、少しイラッとしながら、後ろを振り向いた。(せっかく決心して走ろうとしたのに・・・。)
「ナマエ・・・。」
「・・・・・・!!」 
そこにいたのは、紛れもなく今から帰ろうとした家の住人だった。

  「・・・る・・・ルート・・・。」
 「ナマエ、こんな所にいたのか。」 
そうルートは呟いて、握っていた緑色の傘を私の目の前に差し出した。
「これを使って帰るぞ。」 
そう言いながら傘を開くと、雨が染み込んで、明るい緑から暗い緑へと色を変える。
それをぼーっと見ていると、傘の中に無理矢理引っ張られて、空いている手に傘の柄を押しつけられた。
押しつけられた後、ルートは傘の外から抜け出そうとしているので、私はルートの腕を掴んだ。
「ルート。もしかして傘、一本だけ・・・とか?」 
何も言わないので、一本だけしかないと言うことが分かった。 
「ルートが風邪引いたら大変だよ。ちょっときついけど、一緒にこれに入って帰ろうよ。」
そう言って、今度は私が彼を傘の中に引き入れて、歩き始めた。

しばらくして、あんなこと言わなければ良かった、と今更後悔していたりする。
凄く近い距離にルートがいて、柄を持つ手が凄く震えているのが分かっているから、なおさら。
だから、私は彼の頭に傘の骨が当たらないように、そして雨に濡れないように腕を精一杯上げ、気づかれないように注意をしながら間を広げていく。
腕が痺れてくるし、肩が濡れるけれど、紙袋とルートが濡れなければいいとか思ってそうしていると、いきなり柄を取られる。
「うぇ?」
そう私が言うが早いか、ぐっとルートの方へ引き寄せられた。
「ナマエ、もう少しこっちによらないと濡れるぞ。」
そう言って引き寄せたルートは、とても温かくて。
何故かほっとして、頭を軽くルートの腕にぶつけてみる。
やっぱりびくともしない。
そして、ちらりとルートを盗み見るけど、普段の顔をしていて。
気づかないなら、別に良いかと思って、ルートの体に持たれながら歩く。


この雨が止むまで 


私は、一緒に歩きながら祈った。
(もう少し、この雨が降っていますように、と。)

そして家に帰るまでずっと、緑色の傘は暗い緑色のままでした。



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