傘と俺と 仕事を一旦中断して、リビングに足を進める。 「ナマエ・・・ナマエ?」 ナマエが居ると思って出した言葉は、そこら辺の空気と同化してしまった。 少し疑問に思った俺は、取りあえず兄さんに聞くことにした。 すると、目の前に出されたのは、一枚の紙だった。 『買い物に行ってきます。探さないでください。4時ぐらいに帰ってくると思うから! ナマエ』 「・・・まぁ、あいつの事だからな・・・多分大丈夫だと思うが。」 俺は兄さんが見せた紙と睨めっこしながら呟いた。 「・・・ナマエの帰りが遅くないか?」 出ていった時間は今から2時間ほど前らしい。(兄さんが間違えていなければ、の話だが。) 買い物と言っても場所は結構近いのだから、もう帰っていてもおかしくはない。(だいたいもう5時だ。) その事が顔に出ていたのか、によによしながら兄さんがこっちを見た。 「お前って、本当に心配性だなぁ。ヴェスト?」 「・・・兄さんにだけは言われたくはないがな。」 そう言いながら、ケセセと笑う兄さんを見ると同時に、窓の外の景色が見えた。 「ん・・・雨か。」 すると、俺の言葉を聞いた兄さんは笑うのを止めて、何かを思い出すかのように首を傾げた。 「あー・・・もしかしたら。」 そう言うといきなり立ち上がり、リビングから出ていった。 そのすぐ後、兄さんの「やっぱりなー。」と言う声が聞こえてきた。 「・・・兄さん、何か解ったのか?」 「傘。ナマエ、傘忘れちまったんだろうな。」 俺って、やっぱり頭良いんだな!!とか言っている兄さんを気にせず、俺は近くにあった傘を取って走り出した。 「・・・・一人楽しすぎるぜー・・・。」 と言う兄さんの独り言なんて、勿論聞こえていなかった。 取りあえず、いつも買い物に行く付近を走る。 すると目に水滴が入ってきた。それが鬱陶しくて、傘を差そうとも思ったが、走るのに邪魔だ。 差そうと思っていた傘をちらりと見て、もう一度走り出した。 服が張り付いて気持ち悪かったが、今はナマエに傘を渡すのが先決だ。 そうして走っていると、左の方向に喫茶店の前で立っている人を見つけた。 それを見て俺は、雨宿りをして居るんだろう、と思って通り過ぎようと思った。しかしよく見ると、それはナマエだった。 ナマエは不安そうな顔をして、時計をちらちら見ている。 そして、「・・・・・・何故止まない。」と呟くのが聞こえた。 俺は彼女に傘を渡そうと思い、ナマエの方へと近づいていった。 すると、「・・・もういい。ナマエさん、行くよ!」と言って、水溜まりに足を踏み出そうとする。 俺はそれを見て、ぐいっと肩を掴んで雨のかからないように引き戻す。 「ナマエ・・・。」 振り向いた彼女にそう言うと、信じられないような顔をして、小さな声でこう言った。 「・・・る・・・ルート・・・。」 その姿を見て、何故かほっとした俺は何か呟いたらしかった。 「ナマエ、こんな所にいたのか。」 ・・・なんでこんな事を言っているんだ。 自分で言ったことなのに、自分が驚いているとはどういうことだ。 そう思いながら、その事がナマエにばれないように慌てて傘を渡す。 「これを使って帰るぞ。」 ・・・・何かこれ、俺とナマエが一緒にこれで帰るみたいな言い方してないか? その事に気づいた俺は、照れ隠しに傘を開いて無理矢理ナマエをその中に押し込んだ。 ああ、もう俺は一体何がしたいんだ!! もう何がなんだか分らなくなって、取りあえず傘の中から出ようとすると、何故かナマエが俺の腕を掴む。 「!?」 俺が驚いているのが分らないのか、よく分からないが、ナマエは俺の方を見てこう言った。 「ルート。もしかして傘、一本だけ・・・とか?」 それを聞いて、俺は自分の手を見つめる。 俺の傘が・・・・・・・ない。 どうやら、ナマエの傘だけを持って走ってきたらしい。 あぁ、もうついていない。 そんな俺を見て、ナマエが。 「ルートが風邪引いたら大変だよ。ちょっときついけど、一緒にこれに入って帰ろうよ。」 と言ったので、俺は傘の中にはいることになった。(と言うか、無理矢理入れられたというか・・・。) その後、ナマエの持っている荷物を持って先に走って帰っていれば良かったと、後悔している。 普通に歩いているだけなのに、何をしていても落ち着かない。(まぁ、傘の中だ、出来ることは限られてくるが。) (・・・こう言うときにフェリシアーノが居ると良いんだが・・・。) どうにかして話題を探そうと、ナマエの肩が濡れているのが見えた。 ・・・少し配慮が足りなかったな。と、心の中で舌打ちをする。 背の高い俺が傘も持ってやらないと、ナマエが濡れると言うことを忘れていた。 そう思ったが早いか、俺はナマエが持っていた傘の柄を取って、ぐっとその腕で中へと引き入れる。 「ナマエ、もう少しこっちによらないと濡れるぞ。」 そう言って俺が歩いていくと、ぽすりと言って、腕に何かが当たる。 ナマエの頭だ。 それを確認すると、雨とは違う音がまた大きくなる。(嗚呼、これはどうしたらいい?) もたれるのを止めて貰おうと、ナマエの方を見ると、凄く楽しそうな顔をして俺の腕にもたれている。 ・・・・・俺はどうしたら良いんだ!? 雨も止まないが、音も止まない! 家に帰ると、兄さんがによによ笑いながら立っていた。 「なんなんだ兄さん、一体・・・。」 「あー?ヴェストの青春でも見ようかと思ってな。」 俺が反論しようとしたら、「あーあ、一人楽しすぎるぜ!!」とかいって、部屋へ走っていってしまった。 back |