ショート | ナノ
向日葵と雪


極寒と言われているロシアにも春の足音が聞こえてきた。
積もっている雪が水へと姿を変え、花の蕾が膨らんでいく。
モノクロの景色から色が生まれる瞬間は、いつ見ても楽しい気分にさせてくれる。
しかし。
彼に別れを告げる時期が刻々と迫ってきているのも、事実。

「ねぇ、ナマエ。君はいつ旅立っちゃうのかな?」
「そうね・・・もうそろそろかしら。」
少し考えてイヴァンにそう答えると、彼はゆっくりと私を抱きしめる。
「嫌だよ、ナマエ。ずーっと僕の傍に居てよ。」
それを聞いて、私はただ「ごめんね。」としか言えなかった。
私には、春は温かすぎるから。
「南へ行って、山脈の方に雪を降らせないといけないから。」
そう言うと、イヴァンはとても悲しそうな顔をする。
「君が雪の精って事は解ってる。でもね、僕はずっと居て欲しいんだ。」
「冬嫌いなのに?」
「寒いのは嫌いだよ、でも、ナマエは好き。」
そう言って、もっと力強く抱きしめるイヴァンの腕を緩めるために、私は口を開いた。
「ねぇ、イヴァン。」
「何?どうせ行っちゃうなら、もう少しこうさせてよ。」
「貴方の“もう少し”はちょっと長いんですけどね。」
そう苦笑しながら、私は彼に交渉を持ちかけた。

あれから数日後、ナマエは南の国へと旅だった。
彼女が行ってしまったのはとても寂しいけど、僕は彼女と約束したのだ。
ナマエが居ない周りの景色を眺めながら、僕は静かに笑った。
大丈夫、ナマエは約束を守ってくれる。
そう思いながら、僕は約束が果たされる日を待った。


『南の国へ行かせてくれるなら、イヴァンの好きな花を持って、貴方の好きな季節に会いに行くわ。』


  春の季節は穏やかに過ぎて、僕の好きな季節になった。
ここでは、すぐにこの季節が過ぎてしまうので、僕は少し焦っていた。
3日しか経っていないけれど、ナマエが来てくれない気がしていた。
勢いよくドアを開けて、僕は空に向かって問いかけた。
「ナマエ。ねぇ、ナマエ。君はいつになったら来てくれるんだい?」

僕の好きな季節に会いに来てくれるって言ってくれたじゃないか。

俯いて、地面に生えている草を何も考えずにじっと眺めていると。
ふと、何かが頬の隣を落ちていった。
僕はゆっくりと顔を上げると、雲一つ無かった空に少し雲がかかっていて。
そして、白い雪と黄色い向日葵がゆっくりと落ちてくる。
「・・・ナマエ?ナマエなの?」
それだったらナマエの顔が見たい、声が聴きたい、抱きしめたい。
いろんな言葉が頭を駆け回るけれど、僕はただ彼女の声を呼ぶしかなかった。
すると、僕のお腹の上辺りに白い腕が見えた。そして。
「ごめん、イヴァン。ちょっと遅くなっちゃった。」
僕の大好きなナマエの声がした。
僕はゆっくりと後ろを向いて、彼女を確認した瞬間、何も言わず抱きついた。
ナマエがちょっと蹌踉けたみたいだったけれど、気にせず抱きしめる。
「来ないかと思った。」
そう呟くと、彼女は「イヴァンと約束したもの。来るに決まっているじゃない。」と言った。
「来てくれて、凄く、嬉しかったんだ。」
「うん。」
「ナマエ。ありがとう。」
僕は君がいるだけで、後は何も要らないのかもしれない。


だからもう少しこのままで


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