フラスコの中の世界 ナマエさんの声が聞こえて、僕はそこでやっと目を開ける。 「ナマエ、さん・・・?」 「はい。じゃなくて、怪我はありますか?」 「あ、や!無いです!」 そう、なら良かった。と返してくる彼女に、どうしてここに居るのかとか、何で助かっているのかは聞くことが出来なかった。 「・・・あの、大丈夫ですか?」 「大丈夫ですよ。ほら、主人公って、遅れてくるってよく言う、じゃないですか。」 「いや意味わからないですから!そうじゃなくって、顔、凄い真っ青ですよ!!」 砂ぼこりが立つ中でも、はっきりと苦しそうにしているのが見えてしまったからだ。それを見て、彼女が僕の代わりになってしまったのかと思ったが、周りは柱に支えられていて、潰される可能性は無い。(何で柱があるのかは置いといて、だ。) 体調、おかしいんじゃないですか。と聞いてみれば、シルフィンさんは急に僕から視線をそらした。 「うぅ・・・気持ち悪い。」 そしてそう言い放った後、「もうこっちの車なんて、乗るもんか。」と呟きながらしゃがみこんでしまった。あ、車酔いですか。そうですか。と理解した僕は、思わず苦笑いをしてしまった。 そんな時だった。 メキメキメキと大きい音がした方を見れば、棘の波が僕たちの方へ襲ってきていた。 「っ!シルフィンさん!!」 危ない!という意味を込めて叫んでみれば、僕と同じように座って動かないシルフィンさん。シルフィンさんはこの事件に巻き込まれただけなんだ。そう思ったら、さっきまで動かなかった体が、彼女の所へと動き始める。間に合え!!と祈りながら手を伸ばせば、急にシルフィンさんがふらりと立ち上がった。 「え。」 「襲い・・・掛かってくるなら、気持ち悪いのが落ち着いてから、が、良かったな!」 そう言った瞬間に、青白い光がどこからともなく出てきた。光が眩しくて閉じた目をまた開いた時には、僕の真横に分厚い壁が出来ていた。 「あ・・・え!?シルフィンさん、これって!」 「安心しなよ、レオ君。まだ私達生きてるから。」 「いや、そうじゃなくって!」 まだ真っ青な顔をしているシルフィンさんにどういうことなのか聞きたいけれど、それが口に出てこない。手袋をとり、手の甲に何かを描いているシルフィンさんを見ていることしか出来ない。でも、ただ、何か聞かなければいけない。そう思って、無理やり口を動かした。 「この油性ペン?っていうの便利だなあ・・・。」 「あ、あの!シルフィンさん!!」 「ん?」 「えっと、シルフィンさんは・・・一体何者なんですか。」 言った。言ってしまった。そう思いながら、きょとんとこちらを見るシルフィンさんをじっと見つめる。僕の目を通しても、彼女は普通の人間にしか見えない。そのことに少し恐怖を感じながら、彼女の言葉を待つ。 「何者って、そうだなぁ・・・。」 「・・・。」 シルフィンさんの返事を固唾を飲んで待っていると。 「ただの学者、だよ。」 と少し悲しそうに笑って、そう言ったのだ。 「ま、まってください、危ないですよ!」 そんな言葉を聞きながら、隠れていた壁から立ち上がる。そして、そりゃあ例の魔物と同じようなことされたら、怯えるに決まってるよなあ。なんて思いながら、台風の目になっている所へと歩いていく。鞄の中に例の物が入っているか確認して、目の前に飛んできた石の塊を錬成した棘で壊す。ただ淡々と歩いていると、少し焦ったような声で、こちらに問いかけてくる男性。 「驚いた・・・なんでこんなところにお前みたいな存在がいるんだ。錬金術師!」 でもそう言った男には何も答えず、もう片方の人をじっと見つめて口を開いた。 「異世界の魔物は外に出たがっているが、棺の外に出したら二度と会えない。そんな伝承を聞きました。」 「・・・。」 「これを見て、その話が嘘じゃないと分かったんですが。」 復元したフラスコを鞄から取り出して見せれば、面白いくらいに二人は顔色を変えた。 「二度と会えないのは自由になったからではなく、外では生きていけない身体だったから、だったんですね。」 古の異世界の魔物が、まさかホムンクルスだなんて思いもしませんでした。そう呟いて、先程から口を動かさない彼をじっと見つめた。否定されない、ということは肯定ととってもいいのだろう。その現実に私は周りを目を気にせず、大声をあげたくなった。 「・・・何という事でしょう。」 そう呟いただけで終わった自分を褒めたたえてやりたい。まさか時をかけるだけではなく、世界も超えてしまっていたなんてこと、誰が信じられるのだろうか。私、帰れるのかなあ・・・。なんて思いながら、錬成陣らしきものが描かれたフラスコをじっと見つめた。 back |