池に映る碧 「雪、遊ぶぞ!」 有無も言わせず手を引かれ、廊下を駆ける。最近は兄が自分を外へ連れ出す頻度も上がってきているように思う。女中と遊んでいてもなかなか出来ない遊びもあるために、楽しくはあるのだが、元気がいっぱいな兄に付合うにはまだ少しスタミナがこの体には不足しているようで、電池が切れたかのように動けなくなることもしばしば。鍛える事も考えて積極的に動くようにはしたのだが、どうにもそれでも兄には敵わない。歳の差なのか、能力の差なのか。どちらにしても兄が己より強いならそれに越した事は無い。兄は己とは違って一国を背負う男に成るのだ。己はそれを越せずとも着いて行けるだけの力があれば、それでいい。過ぎた力程、怖いものはないのだから。 「俺のお気に入りの場所に連れてってやる。」 「おきにいり?」 しばらく走って立ち止まった兄が、こちらに笑顔で問いかける。 「俺たちだけの秘密にできるか? 雪。」 「・・・・・・うん」 現時点で既に紺の気配があるが、兄が嬉しそうにそう言うのでとりあえず頷いておく。城の中からは出ないと兄が言うから大人しく着いて行けば、父様の部屋に近い庭あたりに出た。木の壁を隔てて向こう側は父様の部屋の中庭になる。もしかして秘密の場所って言うのは、父上の部屋の庭ではないのか。 「あに、うえ」 いいのか、と問う暇もないくらい素早く壁のすぐ横に植えてある木に登った兄は、器用に壁向こうの木に飛び移って消えた。兄の体重を支えていた枝が反射してしなる音に、俺はぐっと目を閉じる。本当なら行くべきではない。息子といっても咎めを受けないとは言い切れない。だが、子供だからで許されるのならば出来るだけ兄の機嫌は損ねたくない。嫌われたくも、ない。 「紺、どう思う?」 「お止めください。」 「・・・・・・わかった、いこう」 やはり近くに紺は居るようである。ならば多少無理をしても死ぬことは無さそうだ。真面目なこの黒い忍びがみすみす主君の息子を目の前で見殺しにはしないだろう、と覚悟を決めて幹に足をかければ、少し枝は軋みはしたものの、まだまだ軽い幼子の体重ぐらいでは簡単に折れはしなさそうだ。また一歩一歩と足をかけて登れば、しばらくして木の上から壁の向こうが見えた。向こうの地面からは兄が既に自分の到着を待っている。ええい、成るようになれ。 タンッ、と幹から足を離し、向こうの枝に飛び移る・・・には少し尺が足りなかったようだ。着地しようと伸ばした足は宙を蹴り、そのまま逆さまに世界は反転した。落下地点に目をやれば優雅に鯉が青の中で泳いでいる。 「雪!!」 慌てて駆け寄る兄の手も、見守ってくれていたはずの紺の腕も、少しだけ届きそうもない。視界で捉えた情報に、諦めて目を瞑り、体を丸める。痛くなければいいけど、無理だろうな。 「雪之丞様!」 池に頭が着くかどうか、の瀬戸際でぱきん、と何かの割れる音がした。 池に映る碧 back |