万華鏡 | ナノ


蒼と碧


「ははうえ!」

こちらに笑いかける女の人は私の今世の母だ。艶めく黒髪に、紫がかった黒を縁取る長い睫毛、すこしたれ気味なおだやかな瞳、雪のように白い顔。現代ではあまりお目にかかれなかった美人だ。当然それを受け継ぐ自分もそこそこ美形の部類にはいる訳で。平凡な顔をしていた前回と比べれば今世は恵まれていると言っても過言ではない。

「雪」

膝に無邪気に抱きついたつもりが、今回はなにか固いものに頭をぶつけた。

「「いっ、」」

ふにゃり、と痛みに弱くなってしまった涙腺が崩壊したが、幼子とはこういうものだから仕方ない。ふぇ、と普通より幾分な控えめな声を出しながら泣く己の目に入ったのは、己のものだと信じてやまない膝を占領する部外者だ。

「だれ、」

ぐずりながら相対したものを見れば、己より少しだけ上と見える幼い男の子だった。青い空のような着物を着た、父と同じような焦げた茶色の髪の幼子。

「梵天丸様、雪之丞、」

梵天丸と呼ばれたのは目の前の幼子の名前だろうか。母が様付けをするとなると、自分よりも位が上の子供であるようだ。そういえば父には己の他にも子供がいると聞いた事がある。もしかするとその子供なのかもしれない。ん、梵天丸?どこかで聞いたような気がする。それも現代のほうで、確かその名前を持つのは。

「・・・・・・だて、まさむね?」
「俺の名前は梵天丸だ、雪之丞。」

今口にした名前を聞いて、誰だそいつと不機嫌な顔を隠しもしない子供にはまだ両の目がある。右目がを失ったことで有名な独眼竜が目の前の幼子であるなど考えもしなかったが、確かに己の父の家名は伊達である。ここが戦国時代であるならば、十中八九この子供がのちの独眼竜であるだろう。

「なまえ、しってるの?」
「当たり前だ、自分の弟の名前くらい知ってる。」
「おとうと?」
「・・・雪之丞、其方の兄の梵天丸様ですよ、仲良くなさい。」
「あに?」

もしかしてこれは死亡フラグが立ったのではないだろうか。政宗と言えば家督を継ぐ際に相続を巡って弟を斬り殺したことで有名なあの武将である。つまり弟である自分はもしかするといずれこの目の前の幼子に斬り殺される運命かもしれないという事である。家督とかいらないから平穏に暮らさせてください、兄上。

「にいさま?」
「・・・・・・!!」

ならば、今のうちからどうにか死なないように画策するしかないだろう。俺が欲しいのは平穏な日々である。家督とかそういうのいらない。目下の目標は「命を大事に」することです。というか兄様と発言してからなんかぎゅっと頭を掴まれているんだけどどういうことなの。

「雪、母上が五月蝿いから今日は帰る。」
「はい、あにうえ。」
「次は雪に菓子でも持ってくるから。」

またな、とにこりと整った顔で軽快に笑った兄はぱっと手を頭から放し、障子を勢い良く開けて廊下を走って行った。嵐のような子供だ、と関心してしまったが子供とはそうあるべきなのだろうか。もう少し上手に体が動くようになったら俺もあのように振る舞ってみるのもいいかもしれない。

「ははうえ、ごようじなあに?」
「其方の顔を見るのに理由は入り用でしょうか?」

くすり、と袂で口を隠して笑う母のことだ。先ほどの梵天丸と自分を会わせたかったに違いない。

「にいさま、またくる?」
「そうね、また東の方の目を盗んで来られると思うわ。」
「ひがし?」
「梵天丸様のお母上、義姫様よ。」

つまりは兄弟と言っても腹違いという事か。戦国時代は複雑怪奇だ。

「ゆきからいくのは、おこられる?」
「そうね、東の方が許してはくれないでしょうね、あのお方は梵天丸様を溺愛なさっているから。」
「・・・ふぅん。」

家族仲ってあそこ悪いんじゃなかったっけ? とりあえず此方からは遊びにはいけないようだ。正妻と側室の確執ってやつだとしたらやっぱり面倒くさいな、戦国時代。とりあえず部屋に帰ったら整理しよう、色々と。

蒼と碧

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