万華鏡 | ナノ


碧の目覚め


気付ばここはどうやら戦国時代であるようです。

産声を上げて誕生してから5年、こちらではどうやら数え年になるので厳密には4歳ほどになる。ある程度頭脳が発達したときに、ようやくおかしいなと自分の置かれた状況を理解した次第である。なにせ寒い。暖房器具のヒーターや空調管理をするものが無いのを始まりとして、電化製品が一切無い和室をぐるりと見やる。人によってはもしかすると買っていない田舎であるという事も足りない頭で考えてみたのだが、どうやらそうでもないらしい。外を慌ただしく走り、世話をしてくれる女の人も、庭を歩く男の人もみんな和服を着ている。それに加えて忍などという存在もあるらしいと女の人に話してもらったところで思考の悪あがきを俺はようやく止めた。

どうやらここは昔の戦国時代であるらしい。

死んだ記憶は無いのだが、どうやら死んで転成というものをしてしまったのだと須く理解した。転成したのが現代や未来ではなく過去というのは如何にも納得できるものでは無かった。現代っ子としては不便極まりない。

『雪之丞様』

なんだその大それた名前、と現代の感覚が抜けきらない自分では思ってしまうのだが、これは俺の幼名というものらしい。どこの歌舞伎役者だ、と突っ込みたいのはやまやまであるが、言語の発達しない子供の自分ではうまく伝えるのは難しいだろうし、名前ってそんな簡単に変えられないだろうし。早い話、諦めた。どうしようもないことにぐだぐだしても仕様がないという諦めスタイルは以前”さとり時代”を生きて来た名残だろう。うん、合理的。

「なーに?」
『お蜜様がお呼びです』
「ははうえ?」

わかった、と縺れそうになる舌を叱咤しどうにか言葉にする。昔ながらの言葉遣いは現代とかなり異なるようで、色々失敗している所もあるのだろうが、拙い子供の言葉だ。多少違ったところで気にもされてはいないと思いたい。それでも今後は直していく必要があると思うと面倒くさいが、この時代に生まれてしまっては仕方ない。

とてとて、と無闇に長く作られた廊下を自分でどうにか歩いていけば、後ろから女の人が心配そうに見ている。ようやく自分の足で歩けるようになったくらいの子供が歩いて行くのだから、心配なのだろう。できれば遠くじゃなくてもうちょっと近くで支えてくれてもいいんだよ?とは恥ずかしくて言えない。ただ、転んだら助けてください。この体まだ間接が柔らかくて歩くの難しいから。

考え事しながら歩いてたらうっかり足が縺れた。俺の馬鹿。少し地面より高く作られている廊下から庭へうっかり転落なんて笑えないぞ。だから近くで見てろっていっただろ(言ってない)

「っ、雪之丞様!」

スローで倒れるところに、屋根の上からなんか黒いのが視界に落ちる。顔に少し冷たい金属が触れるが、固い地面に落ちた衝撃はいつになっても襲っては来なかった。

「・・・だあれ?」

ありがとう、の前にうっかり疑問だけ返してしまった。礼儀がなってなくて本当ごめんなさい。

「名乗る程の者ではありません」と短くそれに返した男・・・だろうか?全身が黒で覆われていてよく分からないが多分男だと思う。全身をじっと見てみれば多少ごつい気がするし。

「ありがとう、たすかった。なまえは?」

にこりと有無を言わせないように笑いながら再度名前を問う。子供の無邪気さ舐めるなよ。うっかり精神年齢で数えてはいけない。

「名乗る名前を持ちませんので。」
「なまえ、無いの?」

きょとん、としてしまったのは仕方ないだろう。いつの時代であっても人間に名前くらいはあると思っていたのだ。もしかして揶揄われているのかもしれないのだが。こんな子供に名前なんて名乗れないぜ、とか?それとも名前を言わずにヒーローみたいに助ける俺カッコイイの人なのか。

「忍には名前は必要ありませんから。」
「なにそれ、さみしい。」

おっと、思わず口に出てしまっていた。それに目だけ露出している男の人はびっくりしたように目を見開いていた。そんなにびっくりするものなのかな。そういう時代なのよ、と言われたら仕方ないけれど。

「忍は道具ですから。」と俺を腕に抱き、苦笑しながら歩き出す男は俺に呟いた。歩いて行くの正直もう嫌だったから運んでもらえるのは助かるけど。名前がないなんて現代人の自分からしてみたら異様な事態である。

「なまえ、つけてあげる。」

抱えられてぐっと近くなった瞳を見つめれば、きらりと輝く紺色の双眼。

「こん(紺)、どう?」

綺麗な目をしている、と言えば狼狽えた男が母の部屋の前の廊下にゆっくりと己を下ろした。どうやら本当はふつうに人の目に映ってはいけないらしく、母の前に姿は見せられないようだ。つまりさっきはとてもレアな体験だったようです。

「雪之丞様、」

着いたから、と特に名前について反応もないまま、廊下に立たされる。それがどうにも納得できなかったので相手に念を押しつつ、厚かましくお願いを追加してみる。帰りも一人であの廊下帰るとなるとどうにも怖いからどうにかしたいのだ、切実に。

「ありがと。こん、できればかえりもおねがい・・・」
「女中を呼びましょうか。」
「えー・・・」
「・・・・・・わかりました。」
「ふふ、ぜったいだよ。」

一息吸って、後ろにいた紺の気配が感じられなくなってから、障子を開ける。ゆるりと流れる黒髪の美しい人がこちらを見て顔を綻ばせた。つられて自分もにこりと笑って駆け寄ると、背後で開けっ放しになっていた障子がゆっくりと閉まる音がした。


碧の目覚め

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