万華鏡 | ナノ


障子の影


さて、相模に行くことになって数日。
旅の支度をと城内がやたら騒がしくなってきており、自分も旅の支度や城下の散策に精を出していた。もちろん、あれ以来小十郎とは接触を自分からすることもなかったため、小十郎や兄などとは顔を合わせない日が続いていた。

「こんは、たびのしたくはできたの?」

だんだんと傍に控えることが多くなった忍に問えば、そもそも忍はあまり身の回りの品は持ち歩かないのだと返ってきた。それはそれでなにか寂しいような気もするのだが、忍とはこういうものなのだと言われてしまえば、自分からはこれ以上言い様もない。

「わたしは、ほかになにかいるものあるのだろうか。」

旅に必要な着物やら食料やらについては、旅に付いてくる男衆などが運ぶらしいのでこれといって自分が持っていくものはあまり無いように思えて、用意されていた籐の籠はまだ空白が多く残っていた。

「玩具や菓子などでいいのではないですか?」

聞くと、数個下の妹は音の鳴る玩具やらキラキラ光る石などを詰めていたそうな。さすがに自分は中身はそれなりの大人であるため、肌身離さず持ち歩くような宝物はあまりない。菓子はそういえば先日に頂いた砂糖の塊のようなものがあったから、それを詰めると考えてもまだまだ箱は埋まりそうになかった。あえて埋める必要性もないのだろうが、なぜか物悲しいように見える箱に、己の中身を見る。

「ほん、でもつめようか。」

あとはメモ用の紙と小さな筆に硯。あとはお小遣いに貰った金子だろうか。そう言って詰めてみれば、それなりに埋まる籠。嫌に現実的すぎる形になってしまったが、まぁこれで旅には退屈しないだろう。

「たびじたく、おわりー。」

存外に早く終わってしまった旅支度のせいで、うっかり時間を持て余してしまった。天気もいいし、とほぼ日課になってしまった城下の散歩にでもでかけてみるかと廊下に目をやれば、外の日差しに照らされて障子に移りこんだ小さな影が見えた。

「・・・こん。」

目くばせで名前を呼べば、目だけで少しだけ忍は微笑んだ。
あの影の大きさからして多分あれは兄に違いないのだが、兄から自分への用向きなど皆目見当がつかない。それに、暫くぶりの邂逅に自分は戸惑いを隠せないでいた。

「兄上?」

障子の向こうに声かけてみれば、驚いて立ち去る影。いきなり逃げられるなど思ってもみなかったため、追いかけることが出来ずに部屋の中で呆けていると、紺がしばらくして障子を開けた。当然そこには兄の姿は無かったのだが、落としてしまったのだろうか、置いていったのだろうか分からぬ菓子がそこにはあった。

「なんだったんだろうね。」

子供の考えることは分からないなぁと頭の中で一人愚痴て、廊下に置き去りにされていた菓子を眺める。もしかして彼なりにどこか自分に思うところでもあったのかもしれないが、手元の菓子は何も語らぬ。

「さて、どうしたものやら。」

いつまでもこのままで良いとも思えなかったが、菓子の礼にと自分から兄の元に走る勇気は自分には無かった。また兄が来はしないかと期待して廊下をそれから気にする日が続いたのだが、あれより部屋の廊下に小さな影は射さず、そしてそのまま旅立ちの日を迎えることとなった。


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