万華鏡 | ナノ


闇夜に三日月


机の上に置かれたるは、かの右目に渡す為に書いた手紙。中身と言えば簡単な病人の看病方法なのだが、どうやらこの時代の病気の直し方は少しの漢方と祈祷、呪いらしい。酷い場合だと風邪気味の人を寒空に放り出し、水をかけるなどといったものもあるから恐ろしい。そんな病気に対しての知識自体はないけれども普通に布団で温かくして、飲み水用意して、頭を冷やしてくらいの当たり前の事ならば私にもわかる。当たり前のことが無いとはげに恐ろしき哉。

「よし。」

あとは小十郎が必要になった時に手に入るようにすれば良いだけだが。紺に渡すにしても、その他の忍びに渡すにしても、指示を私が出せないのだからどうしようもないし。特に忍なんかに渡したら父にばれてしまい、不審がられるのは目に見えている。ならば小十郎ならいいのか、といえば微妙なところだが。頼りの母も一緒に北条に向かうし。かといって兄に直接事前に渡すわけにもいくまい。病に罹っても居ないのに、そもそもそんな手紙を残して行くのは予言者くらいだろう。うん、詰んだ。

「よし、じゃない。」

どうしようか。ぐだぐだ悩んだところで腹をくくるしかないのだが。信心深くてこんな私を信用してて、かつ父にばらさなくて、兄の為にどうにか動いてくれる人。

「・・・小十郎か。」

そういえば神職の家系だったしな、小十郎なら兄の為に信を尽くしてくれそうだし。父にばれるのはこの際、仕方の無いことだと思うしか無かろう。

「小十郎かぁ・・・うん、神様が夢に出て来て〜の流れでいけるか?」

頭の中でひらめいた瞬間に、ちょうど良く襖を紺が開けた。さて、善は急げというし。手紙を片手に紺に抱きつく。

「こん、よるのさんぽをしないか。」
「もう夜も遅いですし、明日ではかないませんか?」
「だめだ。いますぐゆくぞ。」

子供は寝なさいと叱る忍に、子供特有の癇癪に見えるように繕って強請る。

「ぜったいに、いまじゃないとだめ!」
「・・・御意に。何方までいかれますか?」

暫くの押し問答の後、ようやく折れた忍にこっそり耳打ち。終わったらすぐに寝ると約束を交わして、ようやく着いた小十郎の室には、当人はいなかった。

「こん、ほんとうにここ?」
「・・・庭でしょうか。」

かすかに庭の方から聞こえてくるのは笛の調べ。その調べに誘われる侭に外に飛び出してみれば、満月を背にする男と目があった。

「・・・・若様?」

何故こんな所に、と聞こえない声が聞こえてくるようだ。それもそうか。手を離しておきながら私がこんな所まで押し掛けるなど、小十郎は思わないだろうから。

「ははうえと、ちかく、さがみまでいくことになった。」

だから挨拶をと思って、と取ってつけたような台詞が口から流れる。間違いはないのだが、嘘をつくのも良い訳もこちらにきてから酷く上達してしまったものだとひとり苦笑する。

「だから、こじゅうろうにこれを。」

手紙を渡せば、小十郎は中を読んで首をかしげた。それもそのはず。まだ奥州で風邪などは流行っておらず、何故こんな手紙をもらうのかも解らないだろう。

「私に、ですか?」
「ちかしいものが、やまいにたおれるとゆめでいわれたのだ。」

白い髭を長くした老人にどうしたらいいかと聞いたら、そう言われたのだと手紙を小十郎に差し出す。白い手紙に忘れる前に書き留めたと見せる為に、あまり上手にあえて書かなかった紙を呆気にとられる小十郎の指に握り込ませる。

「あにやちちを、よろしくたのむ。」

なにもなければそれで良い、ただ心配なのだと顔を歪ませれば、思った通りに小十郎は強く頷いてくれた。

「こじゅうろうも、そくさいでいるのだぞ。」

それだけ言って控えている紺に声をかければ、紺がこの間と同じように小十郎に軽く礼をする。それを合図として小十郎の前から飛び去る二つ影。満月が照らす夜に影が溶けて消えるるまで小十郎は立ち尽くした。

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