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巡りだした歯車


小十郎の手を離して幾月か。奥州には他より早い秋が訪れ始めていた。

兄の教育係、博役を巡る話は結局、伊達家臣の男が勝利したようで、見ず知らずの青年が対岸の廊下を歩くのを良く見かける事になった。小十郎の教養と智は素晴らしいもので輝宗からの期待も厚かったのだが、家臣の薦めには勝てず結局博役は伊達の家臣の青年が選ばれた。顔を見せるな、と言った手前で自分からは接触は出来ず、小十郎の様子も紺からの報告でなんとかやっている事を知る。

「良いのですか?」

問いかける紺の声色に、少しだけ滲んでいる憐憫に首を振る。多少自分の記憶と違ったとしても、兄の右側は小十郎なのだ。己には知らぬ歴史は己が介入せねば、どうにか右目をあるべき位置に押し戻すのであろう。生きてすらあれば、あえて私から動くことは特にない。何が、と解らぬ顔をしてやれば紺は軽く溜息を吐いた。

庭先に見える樹木がほの赤く色を変えて、そろそろ本格的に奥州を閉ざす冬がやってくるだろう。史実通りならば兄はこの冬に病に倒れ、伊達にとってはあらゆる意味で寒くなる筈だ。大人しく近くでそれを傍観しようと思っていたのだが、冬を待たずに生まれた妹と産後の肥立ちが悪かった母とともに母の故郷である相模へと向かう事になった。寒さに厳しい奥州ではなく生まれ故郷の相模なら奥州よりも温かく、北条のあの城でなら伊達より療養もし易いだろうとの輝宗の判断である。

「ははに、ついていくことになった。」
「ここも、寂しゅうなりますな。」
「・・・え、こんもくるのだよ?」

着いてこないつもりだったのかと問えば、紺は目を見開いてから父に確認してくると部屋を飛び出して行った。あの慌てぶりではかの父も少しだけ驚く事だろう。

「相模・・・か」

部屋に忍の気配がなくなった事を確認して呟く。冬の奥州に流行った疱瘡に今世では自分も罹ってはたまらないという理由もあるのだが、相模の地は他の国との隣接が多い分だけ交流もこちらより多く、孫などにはことさら甘そうな印象だったあの祖父なら父よりも自由な日々を送れるだろう。力の習得もそうなのだが、できればその間にやっておきたい事がある。

「さても時代は回りだす。」

乱世の開始はきっと織田、今川。北条は甲斐、今川、上杉と隣り合わせで、伊達からの通り道には他にも大小の国々が並ぶ。人の噂以上に、己の目で見るものは価値のある情報になるだろう。北条は伊達と違い、それなりに人の通りも多くあるし、情報も期待できるというものだ。自ら動くにしても、鉄壁の北条を拠点に動けばやりやすいことこの上ない。

「・・・兄上。」

一つ気がかりなのは兄の事だけである。小十郎がいるから大丈夫だとは思うのだが、もしもの為にこちらも手を打っておいた方がいいだろう。机の上に置いてある一巻きの紙に小十郎宛の手紙を残すためだ。なにかあった際にはこれが有効に活用される事を願う。


巡りだした歯車

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