餓えた鬼の独白 先ほどまでに近く似合った温もりは既になく、それの傍らに合った闇に解けて消えた。それが些か寂しいと感じるなどと、己はどうやら暫くもしないうちにあの小蛇に拐かされているようだ。 「・・・あれは、どうして」 己と同じ、全てを欲して欲に塗れた目をしながら、それでもなお美しいのか。子供ながらのまだ初陣も澄ませていない童だからこその純粋さなのか無垢なのか、それとはまた違う綺麗さを心に持つ子供。まるで戦国乱世とは彼の目には仮初めの夢現といわんばかりに凪いだような色を滲ませるそれは、まるで本当に神仏なのではないかと思わせる。だが、その底に潜むのは溢れんばかりの欲だというのだから全く人らしく、その矛盾が酷く己には愛おしい。空ばかり、仮初めばかり見る瞳に、己が戦国の汚泥を見せてやればその眼は変わってしまうのだろうか。 「己と同じ深淵に落ちるもの、とは思えぬ」 だが、白い雪景色を子供が汚して歩くと同じように、己が真白を染め上げられたなら、と思うのだ。なにかをあの子供が欲しがれば、それを壊して汚して、手に入れてやろうと思うに。かの子供はなにもその懐へ入れてやろうともしないのだ。憎みも、侮蔑も、嘲りも、かの子供の瞳とはほど遠く、彼の瞳は常に欲と諦めに似た凪を讃えている。 「私は、欲したものは欲しいが侭奪う・・・が。」 あれは私には手に入らぬ。手に入れたいと思えば思う程、あれは簡単に姿を変えてしまう。 「死に脅えながら、あれは死を怖がらぬ。」 誰より無欲な死にたがりの癖に、死にたくないのだと虚言を吐き、己を利用し。誰より全て欲すくせに全てを諦め、手に入れたとて己が為に使わず。罵られたところで、殺気をぶつけてみた所であれはどれも憎まず、どれをも許すといいながら何も感じては居ないのだろう。人形のようだ、とすればまだ解らない話ではないが、あれは矛盾を抱えながらも己が意思で動いている。 「退屈せぬ、な。」 うっかり仮初め以外で、笑い声を漏らしてしまった己に驚く。私にはもう感情などありはしないと思い込んでいたのだが、どうやらまだ私は笑えるようであるらしい。生まれながらに全てを持つ者にあった時も心躍ったが、あれにはどうして生まれながらになにも無い。あれはただ大きな虚を抱えているだけだ。あれには何も無いどころか、全てを飲み込む闇を抱え込んでいる。 「矛盾に気付かぬ愚かな蛇よ。」 なれば、私は卿からそれを預かろう。私にそれを預けたまま、勝手に死ぬ事などは許さぬ。卿からは人らしく生きる事を私は奪おう。彼が只人になりたいと望むのを知って、それを全て私は阻もう。彼は生きながら私を楽しませてくれなければ困る。 「口の中に虚を広げて、全てを飲み込んで大きくなるが良い。」 熟れたら、私がそれを刈り取ろう。梟の鋭い爪で四肢を裂き、臓腑を喰らい、血を啜る為に。大きな獲物でなければ詰まらぬ。足掻いて、苦しんで、絶望せよ。その色の無い瞳に私色を映すとき、己が為した事に悔いるが良い。それまではどうか健やかに、短い時を生き急ぐが良い。己が眼に捕われた時点でお前の運命は定まっているのだから。 「否、愉しみよ」 餓えた鬼の独白 back |