小蛇と餓鬼 「北条の様子を見に来たのだが、思わぬ収穫だ。」 ・・・まず、お前は誰なのだと問いたいのだが。 目の前でずず、と綺麗な所作で茶を啜る男に顔が引きつるのを隠せない。 「解ってて、攫って来たのではないと?」 「さぁ、そのあたりは卿の想像に御任せしよう。」 母の久方ぶりの里帰りに、と北条まで着いて来ていたのだが。伊達に戻ろうとした時期に戦、そして終わった頃には奥州ならではの雪の堅牢に邪魔をされて帰るに帰れなくなってしまい、北条にて暫くの間預かられる事になったこの身は酷く退屈を持て余していた。忍びが多くいる北条にて伊達の黒頭巾の紺はどうしても浮いてしまうため、この期にと外の世界を己が目で見てみようと、国境へと足を伸ばしたのがいけなかったらしい。紺に抱きかかえてもらい、忍びの道を移動していたときに下から撃ち落とされて現在に至る。 「ふむ、噂では神童と聞き及んでいたのだが、随分と警戒を知らぬものよ。」 「どちら様で?」 「卿は既に、私を知っているのではないかね? 伊達の神童は先をも見通すという話だ。」 「その噂が間違っているのでは?」 「・・・面白い事を言う。」 「ところで。いつになったら私のを返して頂けますか?」 「卿の、というと?」 「・・・父から譲り受けた、足ですよ。変わりはいくらでもありますが、家までまさか送っていただけるとも思いませんし。」 つまり、撃ち落とされて捉えられているだろう忍の紺のことである。このまま自分も死ぬ、とは考えにくいが目の前の男から発せられる威圧で、いつ殺されてもおかしくないのだと解る。 「ほう、随分と気に入っていたようだから余興としようかと思ったが。」 「子供は移り気なんですよ、目新しい玩具があれば古い玩具など忘れてしまうくらいには。」 「・・・・・・なれば、目の前で壊してしまっても構わないと言うのかね?」 「それは困ります。新しい玩具をまだ頂いていませんから。」 それに、安易に壊してしまうと知れたら新しい玩具も父から貰えなくなってしまうでしょう、と目の前の男に笑いながら告げてみれば、目の前の男は凶悪な顔をさらに歪めて笑った。本当のところ、目の前の男は天邪鬼な性格だと知っているから出来ることなのだが。大切だ、なんて言った日には本当に紺は手元には帰ってこないだろう。 「将来が楽しみだよ、卿のような歳でそれなら、10年もたてばさぞ面白かろう。」 「それでは、利き腕を。」 「・・・どうするのかね?」 手を差し出せば、笑いながらも差し出される掌。それを握ればすこしだけ驚いたような振動が伝わって、それから潰れるかと思うくらいに反対に握りしめられる。簡単に手を差し出されたのは、私が異能を持つものだと知らないからなのか、それともそれも込みであちら側のほうが上だという事実に気付いているからだろうか。 「もう少し優しく握れませんか? 折角友達になったんですから。」 「友?」 「おや、違いましたか。私が元服するまでの10年間、家同士の拘りなく相手していただけると思ったのですが。」 「元服までで良いのかね?」 「それ以上まで望むのは愚かというものでしょう。」 気の短そうな目の前の男に10年という歳月の間だけでも身の保証(現在進行系で殺さない)を無理矢理こじつけのように押し切ってみれば、男は案外悪く無さそうだという顔をして唇を上げた。 「卿は龍の子ときいていたのだが。」 「人、ですよ。あなたと同じ。」 「・・・どうやら、小蛇だったようだ。」 それはどういう意味か、とは聞かない。馬鹿にされているのは解っているが、龍になるのは兄だけで十分である。その言葉の通り、私は小蛇である私に満足している。己の領分を違えず、地から空の兄を見上げるくらいが丁度良いだろう。それに、もともと大望を挑める程の勇気も己にはない。やりたいことはあるけど、それは伊達でなくとも叶う夢だ。ならば、面倒な天下取りなど龍に任せておくに限る。 「期待はずれでしたか? 時が経てば大蛇にはなれそうですがね。」 「今のは皮肉なのだが。」 「存じ上げております。こちらも態とですよ。」 にやり、と笑えば同じように相手も悪い笑みを返す。この場に私の命がかかってなければ、さぞや楽しいお話が出来そうなのだが残念だ。次は対等にお話が出来れば良いんだが、どうやっても目の前の男に敵う気がしない。 「態とか。いや、愉快、愉快」 「・・・そう笑われると、なんだか複雑な心持ちになりますが。」 どうなんだろ、この人悪名高いってのはあるけど、うっかりすると子供の俺より子供らしい気性なのではなかろうか。無邪気な残虐性というか。というか、そろそろ城に帰してほしいのだが。ちらちらと男を見やれば、男もそれに気付いたようで、襖の向こうに向けて柏を打った。 「あの忍びをここに。」 その声に襖が開き、血塗れの紺が畳を転がる。血の量はさほど多くはないのがまだ救いというところか。 「・・・随分と汚してくれましたね。」 「そう言うな。詫びに、一つだけ望みを聞いてやろう。」 「遠慮なく頂戴致します。先ほどの約束を違える事ないよう、重ねて願い申す。」 にこり、と笑えば。あっけにとられたように男が目を見開いた。 「卿は無欲なのか、慎重なのかわからんな。」 「小心者なだけだと思いますが。」 「・・・心の中に欲望が渦を巻いている癖に、よく言う。いやはや苛烈。」 「欲しいものは多くありますが、欲しいものは己の手で掴みたいもので。」 「成程。」 立ち上がり、そっと手で紺に触れる。それまで大人しく転がされていた紺が、赤が溢れるのを堪えつつ俺を抱きしめる。うん、ごめんなさい。帰ろうか。 「それでは、松永様。また次回。」 「・・・・・・楽しみにしている。」 ※ ※ ※ 血塗れて城に帰れば、こっぴどく叱られた。血と言っても紺が俺を抱いて帰ったためについたものなので、怪我をしたのは紺だけなのだが。お叱りは至極当然なので受け入れた。ついでにいえば、紺がとても心配です。あんな事言ったけど、この城の中で一番に信用・・・はしてない(紺の一番はやはり父だったため)けど、頼りにしている人だし。それに忍とか差別はしないけど、利己的に言わせていただければ、まだまだ働いてもらわなくては困る。 「はやく、げんきになってね?」 横になっている紺へそう告げれば、複雑そうな顔をされた。うん、ごめんなさい。でもまだまだ付合ってもらうから覚悟してね。・・・本当に心配ってのもあるけどさ、私の計画狂っちゃうから早く元気になあれ。 小蛇と餓鬼 忍びが怪我をした経緯を適当に嘯いて真を葬り、この後、暇をみつけては狂気を孕む男と邂逅を繰り返したのは言うまでもない。 back |