万華鏡 | ナノ


月の無い夜


小十郎がその後、たまに顔を出すようになり、城の中でも多少話し相手と呼ぶ相手ができた。嬉しい事の筈なのだが、中途半端な優しさは後に辛いだけだ。

「もうわたしにかかわるな。」
「何故だ?」

拒絶を口にすれば、小十郎の端整な顔が歪む。話に聞けば、兄の博役の座には他に候補がいて、まだ小十郎は正式な博役とは決まっていないらしい。城に留め置かれたにしても、そのふわふわとした立場上、頼れる相手も話し相手も居ないだろう彼を突き放すようにするのは心が少しだけ痛んだが、兄との未来を考えれば、私の選択は間違っては居ないはずだ。

「こじゅうろうのためにも。」

だって貴方は私の博役ではなく、兄の博役でしょう。貴方が支えるのは、兄であって私ではないはずだ。

「おまえは、まちがってはいけないよ。」

選び取る未来を、人を。その選択に迷ってすらいけない。辛い道になるだろう。些かきつい口調になってしまったが、それも全て彼等のため。

「間違う?」
「わたしは、ひとりでもあゆんでゆける」
「どういう意味か解りかねます。」

彼は、優しい。優しすぎるあまりに、私を迷わせる。だから、だから。震える唇に叱咤して、平静を装う。

「もう顔を見せるな、私とお前では道が違うのだから。」

手を離すのは欲しくないからではない。ただ、それが自分の手の中に無い事に安堵したのも事実で。知らねば、博役ならば私の博役として着けば良いのだ、と言ってしまえたのだが。己のものにしたいのだと心が暴れる前に、頭で理解をしてしまっては、それも出来なかった。ならば諦めるなら早い方が傷は浅い、と頭で己が声が囁いた。

「・・・やはり、あなたは御優しい方だ。」

そう優しく微笑むように小十郎は言う。優しい、などとは言わないでくれ。実の兄の行く茨道を知っていて助けない己は、誰よりきっと罪深い人間なのだから。それがそのように微笑んでくれるような存在ではない。「其れ故に悲しい人だ、」と紡いだ小十郎の瞳にはきっと己はただの無垢な子供に映っているのだろう。それに苦笑すれば、少しだけ小十郎は苦い顔をして、己が元から立ち上がる。

「私は、悔いの無いように生きます。」

それは、己にもそう生きろと小十郎が言っているようであった。その言い方だとまるで私が後悔に生きているようにも聞こえなくはないが、実際にはそれも似たようなものかもしれない。解りにくい言葉の中に小十郎なりの不器用な優しさを見つけては、逃がした獲物は大きかったようだと心中で笑った。

月の無い夜

軽く礼をして踵を返し去った男の背は輝く三日月によく似ており、己は今日も月の無い闇ばかり眺めては一人安堵する。

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