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碧色の夢


兄から避けられるようになって数ヶ月。遊ぶ相手も兄の他には特に居ないのでひとしきり父上と紺が用意した書物を読み耽って過ごした。その間に変化があった事は特にない。まだ遠出の許可は頂けないし、急ぐイベントも特にない。だが、ゆっくりではあるが今後起こる事柄に向けて綿密な計画を練らなければならないのは変わらないのだから知識はいくらあっても困らぬだろう、とひたすらに本を読み漁った。

さらさらと手習いの為に手元にある紙に、漢詩を写し取って行く。なるべく子供らしい行動、言動を心がけているつもりなのだが、どうしてもそれが子供らしく振る舞えていないらしく城のなかではそんな俺を神童と呼ぶ輩が出始めているらしい。本当に頭のいい神童とやらならきっとこの手元の漢詩をさらりと暗記してしまうのだろうが。

「神童、だなんて嗤わせる。」

その実、ただ子供の体の中に大人の精神が入っているのだから大人びているのは当然だ。それはただの記憶をもとにした知識であって、現在のベースは実のところ兄の梵天丸には劣る事だろう。

「そうはおもわない? こん。」

名前を呼ばれた忍びは傍らに立つが、なんと応えていいのか解らないのか、ただ目を泳がせた。

「・・・この問いに応えられる人なんて居なかったね。」

カードを全て晒していない自分が誰かにありのままの評価を受ける事など出来やしないのだ。偽りの仮面についた渾名が「伊達の神童」だとするのならそれを周りの評価なのだと、ただ諾々と受け入れる事。それが本来俺に課せられた役割であるのならばそれをそのまま俺の評価とするしかない。

「あ、そういえば。あにうえはおげんき?」

あの後手を振り払われてから、どうにも疎遠になってしまった兄。私から兄へ近づく事は彼の母上が良しとしないため、私からの接触は出来ずに忍の報告上で彼の安否を確認するのみになってしまった。

「お元気です、昨日も従兄弟の家臣とともに城の庭で遊んでおられました。」
「そう、ならよかった。」

その回答に紺は少しだけ顔を顰めた。

「・・・どうしたの、なにかおかしいところでもあった?」
「寂しくはないのですか? 梵天丸様と以前はよく遊ばれていたのに。」
「さみしい? なぜそうおもうの?」
「・・・・・・。」
「あにがいなくても、わたしにはこんがいるのに。」

にこりと笑って机から忍へと向きを変えて座り直す。

「こんは、わたしをこわいとはいわないのでしょう?」

絡めとる言葉と絡まる視線。紡いだ言葉は否定の色を拒否していただろう。有無を言わせない言葉の強さに、一瞬怯んだ紺色の双眸が、時を置いて緩むように微笑んだ。

「・・・言いませんよ。」
「だから、わたしはさみしくないよ。」
「一つだけ聞かせていただけませんか。」
「ひとつだけだよ?」
「もし、梵天丸様と当主を争う事になれば、貴方はどうなさるおつもりですか?」

父との会話は聞いていただろうに。

「わたしのゆめはてんかでも、だてのとうしゅでもない。」

私の夢は、私だけの世界。私の大切なものだけで構築された緩やかな世界で穏やかに生きて行くことだけ。当主の座など自由とかけ離れたところに身を置く予定など無い。ただ、それを兄が邪魔する事になるのなら、当主の変わりはいくらでもいるだろう。近日に生まれるであろう義姫の第二子が史実どおりに男の子であるのなら。

「わたしがほしいのはじゆうとへいおんなひび。それをじゃまするのならゆるさない。」

出来るなら伊達の一門集に成るのが道なのだろう。あとは出家か。自由に動けるのならそれは私に取って伊達など取るに足らないものなのだから、簡単に切り捨てる所存だ。欲しいというのなら、もともと要らないものに拘る必要も無い。兄が伊達の当主となりたいのならおとなしく家督くらい譲るつもりだ。

「うそいつわりない、わたしのこたえだ。」

その言葉に紺は苦笑しながら平伏した。それが彼の答えなら、悪くはない。

「・・・できれば、すえながくよろしくたのむよ。こん。」

碧色の夢

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