万華鏡 | ナノ


閉じられた瞳


あの子供が木から落ちた。それも、あまりにも音も無く。伸ばした腕を避けるように、するりと体をかわすように池に落ちる小さな体。ほんの一瞬だけ己と交差した瞳には、ただ澄んだ黒だけが浮かんでいた。

「雪之丞様!」

声をかけた際には既に諦めたように瞳は閉じられていて、それに必死になってさらに手を伸ばすが、やはり今一歩届く事は無い掌。視界に映るあの幼子の兄も、蒼白な顔をして手を伸ばしていたが、届かない。

「雪!」

瞬間、流石に信じられない光景に、伸ばしていた手をそのままに私は呆然と立ち尽す。幼子の落ちた付近から時を止めたかのように、水が止まってしまっているのだ。否、全てがそのままに凍り付いていた。

「・・・・・・雪!」

同じように驚いていたあの子の兄が、私より先に意識を取り戻して幼子に駆け寄る。足下に広がる冷たさに、不意に駆け寄る子供を抱きとめ退く。足下が、既に凍り付き始めていた。

「氷の婆娑羅・・・北条方の血を引かれたか」
「雪、雪!!どうしたんだよ!」

無意識下で発動しているのだろう、凍てつく力は幼子を守るように円形上に徐々に広がり、氷の華を咲かせている。庭に咲いていた草や木がだんだんと白みを帯びて、地面は音を立てて隆起を始める。

「梵天丸様は下がっていてください。」
「雪をどうするつもりだ、忍。」
「・・・・・・。」

己が危害を加えると信じてやまない子供が眼の前に立ちふさがるのを尻目に、手甲を外す。幼い子供の無意識下で発動した大きな力は、御せられずにただ漏れ滴っている。このままだと、垂れ流される大きな力は小さなその身すら滅ぼしてしまうだろう。幼子にむけて間合いをつめて一閃。ぱしり、と少しだけ強めに少し冷えた頬を叩けば、軽い乾いた音がした。痛みに目を開けた幼子は、どこか虚ろに己が名前を紡いだ。

「こ、ん・・・」

ぱりん、と場を覆っていた氷が空気中に霧散する。ひやりと冷たい風が肌を撫でたと同時に、幼子はその瞼を落とした。


閉じられた瞳

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