水槽の中の瞳 ソファーから貴方の紡ぐ白い煙を眺める。 机の上に積まれた書類の山、水槽から流れ込む水の波紋の形の光。 白い四角い箱のような部屋に2人きり。ただ俺はそこにいて、彼が仕事をするのを眺めている。彼が何本目か解らない葉巻を灰皿に押しつける。 じっと見つめていたからだろうか、彼が視線に気づいて問いかける。 「退屈、か?」 「いや、別に。」 「そうか、ならいい。」 「うん。」 また彼は白い書類に目を向けてしまうのだ。それがどうしても、何故か面白くなくて、寝ころんだソファーからはみ出る足を揺らす。あ、今、バナナワニと目があった気がする。水槽の中から見つめる瞳に、なんだか嬉しくなって水槽伝いのワニに向けて手を振る。 「何してる?」 「・・・生まれ変わったら、鰐になりたいなぁ。」 突拍子もなく思った事を口にしてみる。 自分でもよくわからないので、彼はいつも通りの答を返してくるのだろう。 『そうか。』 (ほらね、) 繰り返されるやりとり。自分はこんな日が、今日がずっと続けばいいと思う。すこしくたびれた前髪。ここ最近、疲れた顔ばかりしている横顔も。 いつまで続くか解らない平穏をただ噛み締めている自分。 「ナマエ、」 「なに?」 久しぶりに自分の名前をサーの声が紡ぐ。動物だったら明らかに尾を振る勢いなのだろうが、その感情を押し隠して返事をする。この高揚感はあれに、少し似ている。自分の身に余る強い酒を飲んだ瞬間の、あのふわりとした感覚。 「もう、少しなんだ。」 「何が?」 計画の事なんだろう? なんだっけ、パラサイト・・・違う、なんか、えっと・・・アイランド? 「ユートピア計画だ。」 「あ、うん、なんかそんな名前の計画だったよね。」 良く聴いてみたら全然あっていないことに苦笑する。 惜しくも全然、かすりもしていない。 一人で思って、すこし笑うとサーはおかしそうに口角を上げる。 「なにが、面白いんだ?」 「何も。 何も、面白くなんかないよ。」 クハハと笑う彼をみて、どこか悲しく思うのは何故だろう? 昔は同じようにふざけて笑えていたはずなのに。疑問に首を傾げてから、上機嫌なサーを見るとその疑問もどうでも良くなった。 同じように声を上げて笑う。 「ついてこい、ナマエ。 俺が世界を見せてやる。」 ああ、貴方は変わらない。それでは変わってしまったのは自分なのだろうか。変わったのではなく、気づいてしまったのだ。 昔も今も自分の中心はサーで、サーが全てだけれども。 エージェントの数が増えるたびに空虚な気分になったのは、きっとサーの中心が自分でないことに気づいてしまったから。それが少し悲しかっただけ。ただ、それだけ。 なんて傲慢な我が儘。 ずっと自分だけ見てて欲しいなんて、なんて強欲。 いっそのこと水槽の中の鰐だったなら、純粋に可愛いがって貰えただろうか。 「何か、不満か?」 「何が?」 「最近やけに機嫌が悪いじゃねえか、それとも俺の気のせいか?」 その一言に返すのが一瞬遅れる。 「オールサンデー、Mr1、その辺りといるときなんかは、特にだ。」 「気のせいだろ、自信過剰なんじゃないのか?」 「・・・心配するな、あれはただの駒に過ぎないからな。」 「じゃあ、俺も?」 彼を取り巻く、駒の中の1つなのだろうか。 「何言ってんだ? お前は俺のパートナーだろう。」 ただのその一言で、こんなに浮き沈みする心。 静かにまた作業を開始したサーの隣で、またいつものように白煙と戯れる。鰐が水槽からずっとこちらを見ていたが、もう不思議と羨ましいとは思えなかった。 なんて気まぐれな、 水槽の中の瞳 自分も溺れているのだろうか back |