君の隣 | ナノ


投げた匙は戻らず


「さぁて、腹もふくれた事だしな。」

ギロリ、とこちらを睨む目は酷く恐ろしい。だが、いくら凄んでみせたとしてもいくつか修羅場くぐってきたこちらとしてみれば、まぁそこまで驚く程度のことではない。腹が満たされていれば人間多少丸くなる事も知っている。

「で、俺の家まで来たってことは何? もうあの食材なら捌いちゃって残ってないけど。」
「あぁ、知ってる。 そんなくだらねぇ事じゃねーよ。」
「じゃあ、家まで押し掛けてくる理由ってなんなんだよ・・・」

むかついたとかそういう理由だったら撃退してIGOに連絡でもしようか。もしくは知人は嫌がるだろうが、引き取って貰うに限る。

「調子・・・乗ってるな・・・お前・・・」
「乗ってる所ってのを具体的に頼む。」
「そういう所が調子乗ってるって言ってるんだ・・・!!」

ああ、駄目だこれは。会話になってない。

「・・・本当は用なんて無いんじゃないのか?」

会話が繋がらないのをぐったりとしながら何度かやっている内に呟けば、相手はそれと共に一瞬口を噤んだ。

「・・・一回絞めてやろうと思ってたんだがなァ」

・・・やっぱりか。一呼吸置いて男が喋った内容がすとんと附に落ちる。短絡的な思考回路だというのは会話からしてだいたい把握できていたからだ。

「まぁ、飯は不味くはねぇ・・・だから勘弁してやるよ。」
「成程。」
「・・・また来る。幾らだ?」
「あー・・・今日はいいや。」

殴られなかったのは良かったにしても、今回限りだと思っていただけに少し憂鬱になってしまう。また来るという言葉に少し顔をしかめてしまった気がするが男は気にした様子は無い。

「まぁ命があっただけいいってことで。 今日は代金いいや。」
「そういう訳にはいかねぇだろ。」

ほらよ、と渡されたのは男に似合わない黒光りするカード。少し狼狽えてからカードの名義を見て、そういえばこいつ四天王だったかと思い直す。名義はIGOになっていたからである。代金を引いてもいいのだが、料理はもう無償で提供する勢いだったので
何人前出したとかそこまで計算もしていなかった。ようするに、具体的な金額は不明。
材料の原価で請求してもいいのだが、ほとんど自力でハントした物を提供しているので、仕入れている物だけだと酷く安い仕上がりになってしまうのだ。大体で引いて返せばいいか・・・と適当に検討を付けて引いてから領収書とカードを渡す。

「・・・あ"?」
「引けっていったから引いたけど・・・?」

そこは遠慮しろと言うことだろうか。

「違ェよ。それっぽっちで良いのかって聞いてるんだ。」
「ああ、まぁ・・・料理は趣味だしね。本業は美食屋なの俺。」

だから素材自体は高額かもだけど、実際仕入れ値は旅費と雑費だけだから。普通のレストランだったら酷い金額だろうけどね。と笑えば男は鼻でそれを笑う。

「ここ・・・いつも開いてンのか?」
「いや、気が向いた時だけ。 開けたら常連に連絡したりすればみんな喰いに来るし。」

店に置かれた酒のボトルに色とりどりの組紐が括ってあり、そこに色々な名前が書かれた札が下がっている。名前はどれもこれも著名人ばかりである。まぁ見せびらかしているつもりは無いし、金額払えなくても気に入った客で有れば店に招く。ここはそんな店だ。まぁ、気に入らなければそのまま扉の前で断ってしまう店ではあるのだが。ようするに気紛れ。少し話し込んでいれば、ばたばたと扉の向こうから足音がする。メールを異様に早く見た知人が心配してここまで飛んできたようだ。彼自体もなかなか面倒な奴なのだが、手っ取り早い収集のためだ。仕方ない。まぁ穏便に連れ帰っていただこう。

「やぁ、案外早かったね。」

バンっ、と扉が開かれた先にいたのは、友人の内の一人。その言葉に少し苦笑した彼の名前は、男と同じく四天王のココと言った。


投げた匙は空から戻らず 



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