その医者、使用人につき 思えば、シエルに約束を取り付けたところで逃げれば良かったのだ。そうすればあんな理不尽な約束を悪魔と取り交わさなくても良かったのに。そう、あの深紅の瞳をした悪魔と取り交わしてしまった約束。ああ、最近の自分はどうかしている。 「いいでしょう、約束しましたよ?」 執事はそう言って、翼にある手の力を緩める。にこ、と効果音がつきそうなほど満面の笑みを浮かべて執事はそう言った。下手な中級、下級の奴らと違い、この悪魔との約束を破って生き残れるとは思わない。 「セバスチャン!!」 「せっかちな方だ。さぁ早く降りてください。」 確かに自分の翼で今の状況は維持されている。だが、この男なら自力で飛び降りれるだろう。 「なんで、自分で降りないんだ?」 「放したら、逃げるかもしれないでしょう?」 その言葉に反論する気も失せた。そのまま執事の言葉に従い、おとなしく地面に降りる。 「捕まえましたよ、坊ちゃん?」 「お前にしては、生ぬるくないか?」 その言葉に血の気が引く。本当にこの悪魔と契約者の少年なら翼を折り兼ねなかった。 「いいえ、取引を少々致しましたので。」 執事はこっそり少年に耳打ちし、少年はそれを聞いて笑いながら「そうか」とだけ呟いた。嫌な予感がする。もしかしてこいつら思った以上に厄介な奴らなのかもしれないと思ったが、もうそれには遅すぎる気もしていた。 「それでは、今日から貴方はファントムハイヴ家の使用人として働いていただきます。」 もうすこし無理難題をふっかけられると身構えていたのだが、案外そうではないらしい。 「使用人・・・? すまないが私は医師なんだがな・・・。」 「そうですね。ですが、長く生きていらっしゃるのでしたら一通りは出来るでしょう?」 「まぁ、一応・・・。」 「でしたら、アンダー・バトラーというのはいかがです?」 「・・・英国に来てまだあまり経っていないので細かい役職は解らないんだ。」 「ああ、説明不足でしたね。主人の寝室での世話、衣装選びや着付け、髪を結いや旅行の準備など全ての仕事をして頂きます。」 「それは・・・要するにお前の補佐とかそういう事になるのか?」 セバスチャンは赤い瞳を細めて笑う。 「ええ、そんな所です。私のことはお嫌いでしょうが我慢無さって下さいね?」 「俺は男の下で働くなんて御免だ。特殊な使用人が欲しければ他を当たってくれ。」 「私の血が欲しいのでは?」 「・・・確かに。悪魔の血は真に魅力的だ。だが、男の血はそれほど欲しい物でもない。」 『悪魔との契約は絶対、ですよ?』 下級、中級の奴らと違い、この悪魔との約束を破って生き残れる自信はあまりない。 「・・・解ったよ。ただ、食事だけは邪魔するなよ。」 その言葉にセバスチャンは喉を鳴らすように笑った。さも全てが自分の手のひらの上だといわんばかりに。 「ああ、言い忘れていましたが、くれぐれも人間らしくしていただきたい。」 それは人の血を吸うなという事ではないのか。そんなことをしたら俺は飢えてしまうのだが。 「それは無理だ。人間が食事をとるように、お前が魂を食らうように私には血液が必要だからな。」 「正規に入手すれば食事だって構いませんよ?今は輸血パックなども貧民街あたりで手に入りますからね。」 「あんな味気ない食事なんて・・・!!」 続きを言おうとした瞬間、セバスチャンと視線がぶつかる。赤い瞳は反論を許していなかった。 「解った。しばらくの間その執事補佐でもなんでもやってやろうじゃないか。」 その医者、使用人につき back |