鮮血のバラッド | ナノ


その医師、容疑者につき


19世紀末・・・社交期シーズンも終わりに近づいた頃、英国を震撼させる連続殺人事件が起こる。被害者はいずれも娼婦。その無惨な姿から何時しか犯人はこう呼ばれた。「切り裂きジャック」と。

そう書き込まれていた新聞の切り抜きを床に投げて踏み散らす。相手が人間出ないのなら、それこそこのファントムハイヴにはぴったりの事件ではないか。それならば早く行くぞ、と執事を急かせば執事は若干苦笑を浮かべる。

「少し待ってください。該当者は一人ではありません。」
「どういうことだ?」

執事は心底楽しそうに微笑みながら居るが、シエルは執事を睨んだままだ。

「ですから、犯人はまだ絞り込めていないのですよ。可能な人物は二人・・・。」
「それで。そいつらはお前と同じ・・・・・なのか?」
「いいえ。ああいった方が人間の世界に居ることのほうが珍しい事だと思いますが。」
「何なんだ、そいつらは・・・・!!」

「吸血鬼と死神ですよ。」








『シルヴィオ先生、早くぅ・・・』
『良い子だね、アイリーン。急かさなくても、大丈夫。すぐに好くなるから・・・ね?』

狭い路地で、薄い部屋の壁に耳を張り付かせている己にげんなりする。何故こんな事をしなくてはいけないのだ。

「・・・おい、セバスチャン。僕はなんであの医者の情事を張り込んで居るんだ?」
「彼が、切り裂きジャックの容疑者だからでは?」
「坊ちゃん、シルヴィオ医師が切り裂きジャックなら娼婦を殺害する現場を押えるんでしょう?」
「確かに、そう僕は言ったが・・・!!」


その時、女の甲高い声。 シエルとセバスチャンは顔を見合わせてから走り出し、閉じられていた扉をセバスチャンが勢いよく蹴破る。

開かれた扉の向こうは薄暗くてよく見えなかったが、暗闇に慣れてきた瞳で目を凝らすと、奥のベッドにぐったりと横たわる女。 だが、部屋の何処を見回しても医師の姿はそこにはない。

「どういう、事だ。コレは・・・!!」

セバスチャン、と執事の名前を呼ぼうとした時。不意に首に冷たい手のひらの感触。
シエルの首を掴んでいるのは先ほどの医師。

「坊ちゃん!!」
「近づくな。男は嫌いだと言っただろう?」


「別に殺す気はない。私は子供と女性には優しいからな。」
〈“何もしなければ”〉と医師は笑う。この間とは形成逆転だ。


「貴様が切り裂きジャック・・・!!」
「私が切り裂きジャック・・・?」

緩く絞められた喉から声を絞り出したシエルの言葉にしばらく医師は考えて笑う。


「理由を聞こうじゃないか。執事君?」
「あなたのアリバイは完璧でした。だが、それはあなたが普通の人間だったらの話です。」
「へぇ・・・」
「あなたが吸血鬼ヴァンパイアなら、アリバイなんて人に暗示を掛ければいくらでも作れるでしょう?」
「どうして、私が吸血鬼ヴァンパイアだと思ったのですか?」
「あなたは酷く、臭うんですよ。鉄臭いの血の匂いがね。」
「私は医者だよ?血の匂いがしたって不思議じゃない。」

その言葉を言ったとき、執事の口元が微妙に上がる。


「あの時は、確か休業中だったと思ったのですが。急患なんていらっしゃいませんでしたよね?」

男は苛立ち紛れにシエルの首に尖った爪を押しあて、薄く皮を裂いた。その痛みにシエルは体を竦ませるが、そんなことは気にもしていないようだ。

「そうだね、おおかたは君の言うとおりだ。だけどね、執事君。一つ君たちは勘違いをしている。」

それに驚いているシエルの首筋から流れ続ける血を舌で舐め取り、男は笑った。「私ならそんな無粋な事はしないよ。ただでさえ偏食なのに、餌を減らしてしまっては飢えてしまうからねぇ・・・」と男は愉悦に染めた瞳でシエルを見た。



その医師、容疑者につき

「どうやら、藪から蛇を出してしまった様ですよ、坊ちゃん。」


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