その医者、男嫌いにつき ドアを軽く数回ノックする音。 あいにくだが、あまり昨日のこともあり気乗りしなかったので今日は休業にしてある。そうしても病人というのは出るものなので、休みでも急患は来るときがあるのだが、ドアのノックはあまり急患と言うには、急ぎでも内容だ。 (警察か・・・?) そう思いつつ、扉を開けていつもの営業スマイル。 「はい、診察は初めてですよね?」 「シルヴィオ先生、ですよね?」 恭しく一礼してみせるその男は警察ではなく、黒い燕尾服の執事。 「私、ファントムハイヴ家の者ですが。」 「ファントムハイヴ?ああ、玩具メーカーの。貴族がこんな寂れた診療所に何か?」 そう言って男が顔を上げた瞬間後ろに退く。 「どうしたんですか?」 「いえ、何でも有りません。どうぞそこに座ってください。」 傍にある椅子を執事君に勧める。 「いえ、急いでいますので。」 「あ、ああ、そうですか。それで、用件はなんでしたっけ?」 「唐突ですが、切り裂きジャックのことでお話が。」 時間が経過するたびに背中を冷や汗が伝う。 「あの、本当に申し訳ないんですが。もう少し離れて頂けませんか。」 「・・・・・・?」 切り裂きジャックというのは多分昨日の男の事だろう。そんな事は、今は本当にどうでも良い事に思えてきた。捕まるとか、捕まらないとか、それ以前に。 「お恥ずかしいんですが、私。男性が苦手でして。」 「おや、そうなんですか?」 にこり、と笑って男は近づいてきて、自分の腕を取る。 「ひぃぃい!!!」 奇声をあげて腕を払いのけようとするが、がっしりと捕まれたそれは離れてくれない。 「おや、本当に。鳥肌が立っていますね。」 「切り裂きジャ・・・ックの、お、話でしたよ、ね?」 自分のものでない男の手の温度にうっすら涙まで浮かんできたようだ。視界がにじむ。 「おねが・・・お願いしますから、離して、下さい・・・」 男はその言葉ににっこり笑うと、手を離し、すとんと椅子に座る。 「それでは、先日。深夜にどこに居たのかだけ、お話しいただけますか?」 「先日の深夜なら・・・この診療所に居ましたが?」 その男の紅茶色の瞳が紅く染まった様な気がした。 「本当・・・ですか?」 そう言って、立って近づこうとする。 「本当・・・ですよっ!!だから近づかないでください!!」 本当はそんな事、嘘だったがこの際仕方がない。 「証明出来る人は?」 「向かいの・・・メアリちゃんとそのご主人!!」 「この近辺にメアリなんていう女性は居ないと記憶しておりますが。」 男はなお、不適に笑う。 「メアリは向かいの家に居る犬だ、主人から話でも聞いてこい。」 昨日帰る直前で会った犬とその飼い主。血塗れた姿を見られてしまったので、アリバイ作りも兼ねて暗示を掛けておいたのだ。(「愛犬メアリが腹を壊したので、深夜診療所に診察に行った」と。) 「そうですか。犬も診察するのですか?」 「ああ、ここら辺には病院が不足していてね。動物の診察も簡単なものは受けている。」 その男は丸められた羊皮紙を取り出し、さらさらと書き連ねていく。 「ああ、そうそう。魔術、というものに興味はありますか?」 「有るわけないだろう。私は医者だぞ?そんな非現実的なものは信じては居ない。」 そうですか、と男は立ち上がり扉の取っ手を取り開く。 〈ああ、やっと解放される・・・〉 「それでは、失礼致しました。」 男が扉の向こうで入ってきた時と同じように一礼する。 「ああ、少し良いですか?」 最後に一つだけ。そういいながら男はその場で笑う。 「最近大きな手術とか、しませんでしたか?」 「いや、この診療所にそんな設備はないよ。簡単な縫合は可能だけどね。」 「そうですか。ありがとうございました。」 男はその答えに薄く口を開く。今までの答えで何か自分はへまをしただろうか。そう問われれば答えはノーだ。 「それがどうかしましたか?」 「いえ、あなたから血の匂いが微かにしましたので。」 その言葉に一瞬、言葉を失ったが即座に用意してある台詞を吐く。 「ああ、今日来た人たちの血でも付いたんでしょう。怪我の診察も良くありますので。」 その医者 、男嫌いにつき back |