その医者 、吸血鬼につき 「少し、貧血気味かな?お薬出しておきますよ。」 ロンドン郊外の小さな病院。病院、というには小さすぎる部屋に、一人きりの医師。 勿論、診察室と待合い室以外には特別な施設もないが、この医者の腕は確かなのだという。特に、女子供にも優しい。のどかな町の病院。ただ一つ異質なのはその医者の、獲物を狙うような目線。 「シルヴィオ先生、いつもありがとうございます。」 若いもの達はそれだけで浮き足立ってしまうような笑顔を患者の女性に向けて家に送り出す。 「一日3回、食後に2錠ずつ飲んでください。お気をつけて。」 女が照れながら扉を閉めたと同時にその表情が変わる。なぜなら、その医師は闇の眷属「vampire」なのだから。 人が居なくなった部屋の中で、親指を犬歯で軽く噛んだ。それでも傷ついた親指からは紅い鮮血が流れ、それを舌で舐め取る。 「シルヴィオ先生、か。」 面白いじゃないか、と薄く笑う。 「貧血の原因は、私だというのに。」 くすりと口元に笑みを張り付かせながら、営業時間が終わったのを確認して服を普段着に着替える。生気に溢れる若い女性から生気をわけて貰うためにロンドンに赴くためである。生気を分けて貰うといっても、勿論死なない程度のもので、痛みだってさほど伴うことはない。全て吸い尽くすことも出来なくはないが、人間社会でやっていく上では多少の小狡さを持ってやっていくことも大切なのである。夜に生きる人間は楽に採血が出来て良い。簡単に腹を満たすには格好の獲物であるが、ただ少し残念な事があるとすれば、夜に出歩く女性と言うものはあまり上等の血を持っていないという事だ。 「今日も、余り美味しくは無かったかな。」 腹を満たすだけなら、不味い美味いなどとの味まで拘れないのが痛いが、生き抜く上では不味い食事も仕方がない。軽い貧血をおこした女を両腕に抱えて、安全な所に移動させる。食事を終えていつもはこのまま帰る所だったが、どこからともなく臭う血の薫りに病院へと向かっていたはずの足が歩みを止めた。 「・・・なんだ?」 匂いに誘われて、入り組んだ裏路地の中へと走っていけば、次第に濃さを増す甘美な匂い。大量の血の匂いだ、と無意識に紅い舌で唇を舐めつつ、さらに足を進めると何やら大きな声がする。 『いやっ、止めてっ!!!来ないで!!』 若い女の叫ぶ、その声に聞き覚えがあった。 一週間前、病院に来ていた女性。確かロゼッタとかなんとかという名前だった気がする。〈暴漢か、何かか?確か彼女は妊婦だったはず・・・〉それにしても妊婦を襲うなど非常識すぎる。 「今の声は・・・!?」 飛び込んだ瞬間、真っ赤に染まる視界。ぴしゃり、と頬になま暖かい液体が掛かる。むせかえるような鉄の薫り。 「ロゼッタ・・・?!どうしたんだ!!」 「先生・・・」 力無く自分を呼んだロゼッタの、指さす方向を見上げると。月をバックにしながら笑う一人の男。月の光が反射して、そこまで良く見えないが手になにか大きな武器を持っていた。 「あーら、邪魔が入っちゃったかしら?」 「お前、」 「待て!!なんでこんな・・・!!」 「どうでも良いけど、もうその女、息してないわよ?」 自分の手の中に有る女の体温はもうすでに冷たくなりかけていた。男は笑いながら、屋根を飛び、逃げていく。その場に女を横たえて、男を追おうとすると近い所から大勢の足音。 「ちっ、警察か・・・!!」 今の血塗れの状態を見られたら、どう反論しようと無駄だ。目を見開いたままの彼女の目を閉じ、血の付いた上着を翻し、その裏路地からもっと深い暗い貧民街に逃げ込んだ。 〈厄介なことに首を突っ込んでしまった・・・・!!下手に嗅ぎ回られるのも面倒なのだがな・・・〉 しばらくは、まずい食事もお預けのようだ。 その医者 、吸血鬼につき back |