鮮血のバラッド | ナノ


優しい子守唄


「お休みなさいませ、坊ちゃん。」

執事達が寝室から挨拶をして出ていった時からずっと何かが引っかかっていた。なにが、とははっきりと解らなかったが何かが気になって無性に眠れず、何度も寝返りを繰り返していた時。閉じられた窓の向こう側から微かに歌声が聞こえた気がした。だが窓を開けてみて聞くと、むしろその声は自分の屋敷からのものであるらしかった。

「何だ、一体・・・」

窓を開けてみれば、より鮮明に聞こえてくる音はやはり歌声の様だった。

「子守歌・・・?」

女の声色で歌われる優しい歌。その声に誘われて歩いて行き、着いたのは屋敷最上部のテラス。遠目に見えたシルエットで先日から屋敷に仕えている男だと思い込んでいたのだが、近づいてみればその男とはかけ離れた柔らかな曲線は月にの光に晒されて輝いていた。

「ああ、起こしてしまいましたか?」

だが、その男特有の雰囲気と言うものが目の前にいる女と同じ事に気づく。特にそこで慌てる事も無かったのは、この男が人間でないと知っていたから。なぜこんな自然に受け入れられるのか、それは自分の屋敷に長く仕える執事のせいに決まっている。

「いや、眠れなくてな。何の曲なんだ?」
「え、ああ、私にもよく解らないんです。どこかで聞いた曲だとは思うんですけどね。」

長く生きているとそういうものです、と彼女は答えた。

「お前は、その姿といつもの姿とどちらが本当なんだ?」

そう聞いてしまったのはただ純粋な、好奇心だった。答えが返ってこればそれはそれ。返ってこなくてもそれでいいくらいのニュアンスで訊ねてみれば困ったようにふわりと彼女は笑った。

「さぁ、どちらが本当なのかは解りません。」
「どうでもいいが、さっきの歌・・・もう一度歌ってくれないか?」
「ワンフレーズしか歌えませんが、それでもよろしければ。」
「かまわん。」

ただ、こいつの歌う歌をもっと聴いていたくなっただけだ。妙にもの悲しく聞こえる歌はこいつの心そのものじゃないのかなんて思えたから。短いワンフレーズを繋ぎながら歌われる透き通った旋律は鼓膜をくすぐり、瞼を重くする。まだ、聞き続けていたいのに歌声はだんだん遠くなり、いつの間にか眠ってしまっていた。

「寝てしまったのですか?」

問いかけても幼い主人からは返事もなく。

「こんな幼い子供だというのに、」

大人びた表情しかしない瞳は泣くこともしない。しかし確実に不安に揺れていた。少年の前髪をゆるくなで上げながら母国の言葉で祈ってしまったのは、不器用な少年の心の内の輝きに捕らわれてしまったからかもしれない。

「坊ちゃんが最期を迎えても、その刻が安らかなものでありますよう・・・」

悪魔との契約が有るが故の決まり切った終焉。ただそこに救いが有ることを祈ることしか出来ない。 少年の額に小さなキスを落とし、細心の注意を持って寝室に運ぶ。 全ては今宵の夢。



だから、今は おやすみなさい
弱い心は夜の闇に閉じこめて、明日からまた歩き出せるように。


  back


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -