鮮血のバラッド | ナノ


ナイフと薬とダンスホール


「どうしたんですか、顔色が優れないようですが。」

恭しく顔を覗き込むのはいつもの整った顔立ち。普段と違うのは似つかわしくないほどきらびやかなこの場所と己の服装だ。

「誰のせいだとお思いで・・・?」

ふんわりとしたレースがふんだんに盛られ、リボンとビーズがそれを彩る。女装の趣味はないので、綺麗な薄グリーン色のドレスに身を包まれても不愉快なだけだ。挙げ句の果てに目の前の男は笑いをかみ殺している。

「どうせ、私は坊ちゃんのようには上手く化けられませんよ。歳も歳ですし。」

いくら中世的な顔立ちをしているといっても、外見はもう成長期をすぎた男のそれだ。どうせなら完全に女の姿に変身してもよかったのだが、なにかそれはそれで癪だ。それに女にも変化できるなどセバスチャンが知ったら何を強要されるか分かったものではない。大げさに不満を溜息にして吐き出せば、セバスチャンは少し困った顔をする。

「貴方という人は・・・もう少し自分を見た方が良い。」

周りをみろ、と言わんばかりに指さした先にはワインやら何やらを片手にこちらを見つめる男共。

「魅了してどうするおつもりで?」

気色悪い、と顔を背ければ黄色い声を小さく上げながら情熱的にこちらをみやる女共。

「そっくり返しますが、あれもどうなさるおつもりで?」

にっこり返してみれば、男は羨ましいですか?と薄く笑う。正直その通りなのだが、どこか複雑な感じがする。

「兎に角、今日はハズレのようですね。」

男の言葉に、今日の目的をふと思い出す。薬の横流しの現場がパーティーだと聞いて潜入したは良いものの、今回は失敗のようだ。それとも今日は行わない日だったのか、それは定かではないのだが兎に角今日はハズレだ。

「全く、何のためにこんな格好してるのかと思うととても悲しいよ、私は。」
「とても、よくお似合いですよ?」
「お褒めにあずかり光栄です、って言うと思うかな?」
「いいえ、それではダンスなんて如何ですか?」

どうせパーティーが終わるまでは暇なんですから、少しくらい付き合ってくださいよ。そういわれ腕を引かれ、慣れないヒールの靴に体が傾いた。セバスチャンは崩れかけた肢体を自然に抱き留め、ダンスホールの真ん中にエスコートする。

「貴方は、ワルツくらい踊れるのですよね?」
「嗜みですから。」

坊ちゃんがダンスが苦手なのを知っているだけに、その皮肉に少し笑いつつ、自分も馬鹿にされているようなので、相手にそれをはねつける。

「それは安心しました。 足を踏まれたらどうしようかと。」
「ああ、綺麗に踏んで差し上げましょうね。」
「いえ、普通に踊ってくださって結構ですよ。そういう趣味はありませんので。」

緩やかに流れている音楽に沿って、少しだけ体が触れ合う。パートナー入れ替え型のダンス形式の音で無かったのが救いだ。最近は少しずつ慣れてきているとはいえ、見知らぬ男と体を寄せ合うのを考えたくはない。

「・・・一曲でいいだろう? それ以上は時間の無駄だ。」
「分かりました、じゃぁこの曲が終わったら帰りましょうか。」

断ると知っていても他の誰かにダンスに誘われる貴方を見たくないですしね、と笑うセバスチャンはどうみてもいつも通りだ。 ということはどうかしてしまっているのは自分のほうらしい。きっとこの動悸はコルセットを締め付けながらのダンスで締め上げられているからだ。そうでなければこれは只の気の迷いに違いない。

「シルヴィオさん、顔あげてください。」

ダンスはコミュニケーションですよ、といわれて顔を上げると。そこにはやはり整った顔が近くにあって どきりとした。

「心拍数上がってます?」
「・・・上がるわけないだろうが。」
「私の事だったんですけどね、まぁいいです。」

そういって彼はいとも簡単に私の壁を切り裂くのだ、その言葉というナイフで。今回追っている下手な麻薬より質が悪い。なにせ、麻薬の効かない吸血鬼にもそれは効くのだから。


  back


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -