その執事、早起きにつき 小さく聞こえる足音に意識がふと浮上する。そういえば昨日私は意識を失ったのだったか。 「おや、お目覚めですか?」 声に振り向けば、男の紅茶色の目と目があう。何時だろうかと窓の外を見ようとしたが、厚い赤のカーテンによって外界から部屋は遮断されているようだ。そのカーテンの隙間から、本当に一筋だけ、太陽のやわらかな光が射し込んでいて、今がようやく朝なのだと気付くまでに少しだけ時間を要した。 「お疲れですか? 吸血鬼とは、悪魔と違って如何せんヤワな作りをしてらっしゃるようで。」 「・・・・・・嫌味なのか、それは。」 「あ、そのくらいは解るんですね。」 寝かせられていたベッドから立ち上がり、カーテンを開けば、カーテンの内側に溜まっていた朝の冷たさがが部屋と体をを少し冷やしたが、風邪を引く事など滅多にない自分が気にするまでもないだろう。 「・・・この屋敷で働いていただく事についてお話があります。」 「・・・どうぞ。」 「何度も言うようですが、この屋敷では・・・「文句言わずに従えって事だろう、執事君?」・・・よくおわかりで。」 「そのくらい、話を受けた時点で予想くらいついていたさ。」 「物わかりがよろしくて助かります。」 口元をわずかに上げながら笑う彼を、酷く癪だとは思うが、こうなってしまった以上、シエルの気の済むまで働いてやろうと思う。まぁ、執事は嫌いだとしても少年はそこまで嫌いではない。それに人間の一生など我々夜の闇に生きる異形の者からすれば瞬きの一瞬に過ぎない。 (気位の高い兄が聞いたら、卒倒しそうだな。) 自分は純血の吸血鬼とは言え、それなりに下町暮らしも長い故に、多少のプライドはあっても命に替えられるものではないのだが、多分純血貴族としての兄、それが今の己であったのならば、既に自ら命を絶ったのだろうと予想して苦笑する。 「どうかされましたか?」 「いや、何も。」 茶を濁せばセバスチャンはそのまま会話を流す。パチンと、懐中時計を軽く見遣って、執事君がにっこりとこちらを見る。 「ああ、もうそろそろ業務時間ですので、そろそろ起床してください。」 「まだ、早くないですか・・・」 「そりゃあ、そうでしょうとも。 使用人の朝は早いものですから。」 朝は苦手なんだ、と呟いてみせれば、執事はそれまた楽しそうに口を歪める。それに小さく溜息をついてそれに従って起床準備を整える。 「ああ、洋服は一応クローゼットの中に準備していますのでそれを。」 言葉通りにクローゼットを開けば、そこにあったのは綺麗に仕立てられた燕尾服。上質な生地だと以前セバスチャンが言っていたとおり、手触りもそれなりのものだ。 「へぇ、なかなかのものじゃないか。」 「ええ、お屋敷の品格に相応しい格好を執事にも求められていますので。」 「・・・だろうね。」 「もちろん、品格についても最上級でなくてはなりませんがね。」 「・・・、だろうね。」 手にした燕尾服を眺めていると、執事君がにっこりと笑って近づいてくる。 「いつまでそうしているつもりですか?」 「いや、ほら。 準備先に行っていてくれないか? その間に着替えるし。」 そう言うとセバスチャンは至極楽しそうにしながら、わざとらしい溜息をついた。 「着替え方が解らないのなら、先に行ってくださればお手伝いしましたのに。」 「解る、からっ・・・服に手を掛けるな!!!!」 「もたつかれると後々の仕事に響きます。それに生娘では有るまいし、恥ずかしがらずとも良いでしょう?」 「いっ、やめ・・・!! むぐぅ!!!」 不意に声を塞がれた唇からは押し殺された声しか出ない。 「しっ、坊ちゃんが起きてしまいますので。 大人しくしてくださいね?」 前言撤回。なんかこの屋敷からとても逃げ出したい気分だが、それを悪魔達は許してはくれないのだろう。 back |