その屋敷、全壊につき あの後私はすぐに帰ったのだが、執事君と少年が帰宅したのはそれから1時間ほど経った頃だった。少年の顔色の悪さと、執事のにやけた顔からなにかあったのだろうという憶測。でも問いただすなんて野暮な事はしたくないし、細かいことに興味もない。 ただ、本邸だという屋敷に連れて行かれた時のあの凄惨さには目を疑った。頭もどこかしら痛いような気もする。きっと疲れているのだろう。 「それで、これが、少年の屋敷?」 庭は既に草も花も木すら枯れた状態、屋敷だという建物には屋根すら崩壊して存在していない。どちらかというと貴族の豪奢な屋敷というより、廃墟、お化け屋敷に近い。 「・・・貴方達、いったいどうしたらこんな風になるんですか・・・」 セバスチャンが額に手を当てて、ため息をつく。 「僕は留守を頼む、と言ったが屋敷を壊せとは言わなかったぞ?」 その会話から、彼らが家を離れた際にはきちんと屋敷が存在していたらしいというのが聞いて取れた。 「どうやったらこんなに壊れるのか、知りたいような・・・知りたくないような・・・」 なにか恐竜やら死神だとか悪魔だとか非現実的なものが暴れまわったような、そんな壊れ方だ。ぼーっとそれを観察していると、不意に声がかかる。 「そちらの方は、どなたですだ?」 にこり、と言う効果音がしそうなくらい顔を輝かせてこちらを見ている3人。その中でもメイドがこちらに真っ先に気付いて話しかけてきた。 「本日からこの屋敷でお世話になります。シルヴィオ、と申します。」 得意のスマイルを彼女に向けると、分かりやすいくらいに顔を赤くしてうろたえる。 「はわわわわ・・・!! ワタシにはセバスチャンさんが・・・!!でも・・・!!」 何故そこでセバスチャンの名前が出るんだ。屋敷の中での恋愛は禁止な事くらい、自分でも知っているというのに恋仲だと・・・?なんて羨ましい・・・、いや、そこは執事としてどうなのだろうか。 「という事は、シルヴィオも僕達と一緒にこれから住むって事だよね!!えへへっ。」 麦藁帽子の青年は無邪気に笑いながらこちらに抱きつこうとした。 「・・・・・・!!」 その両手を反射的にかわしたせいでスピードをつけていた青年は地面にすごい勢いでめり込んだ。漫画でありそうなくらいの派手な爆発音のような音。なんだ、ここの使用人ってやっぱり人間じゃないのか、と理解したと同時に背筋に走る寒気。 (ちょっと待て、待て、待て・・・!! 今ので抱きしめられてたらうっかり死ぬんじゃないだろうか。) いくら自分がタフだからといって、今のパワーははるかに常人のそれを越えている。 「痛っ、頭思い切りぶつけちゃった・・・!!」 頭にたんこぶくらいで済むような音ではなかったように思うのだが。 「あっ、僕はフィニアン。 フィニって呼んでね!!」 差し出された手にはきちんと手袋をしていたので、触れないことも無かったのだが、先ほどの力を見せられたせいで、腕を折られるんじゃないかという不安のほうが強い。多分崩壊した屋敷も庭の太い木がへし折れているのもこの青年のせいだろう。そんな力で握られたら、なんて思えば思うほど触れなくなってくる。 「・・・よろしく、」 とりあえず手は握らせない方向で、挨拶だけを簡単にこなしておいた。 いくら吸血鬼だとしても、痛いものは嫌だしね。フィニアンに背をむけて視界に入るむさくるしい男。はっきり言って、男の中でも一番苦手なタイプ。 「俺はバルド、ここの屋敷の料理長をやってる。よろしくな!」 「あ・・・ああ、よろしくな?」 差し出された手は素肌だったが、自分は手袋をしているので問題無いだろうと思い、とりあえず手を差し出してみた。が、事態はそれだけれは済まなかったらしい。ぐいっと手を引かれ、胸元に手繰り寄せられる。 「・・・っ!?」 「うわ、ほっせー腰! こんなんで勤まるのかよ・・・」 おもむろに腰あたりを撫でる手に吐き気がする。近づいたことにより顔にあたる男の吐息に眩暈がして、それと同時に意識を手放すのは容易だった。くたり、と立つことを放棄した足が重力によって体のバランスを崩し、倒れた。 「バルドさん、何しただよぉ!!」 「え、俺何もしてねーぞ?!」 「病気・・・? どうしようセバスチャンさん!」 うろたえる使用人3人に対して、さも嬉しそうにセバスチャンは言う。 「言い忘れていましたが、その人、極度の男性恐怖症ですよ。」 「って事は、やっぱり俺が原因・・・って事だよなぁ・・・??」 「必然的に、そうなりますね。まぁこれから直して頂かなくてはいけないですが。」 笑いながらそう言い放つセバスチャンの言葉にシエルは苦笑し、悪趣味だなと呟いた。 「なら俺にまかせとけ! ショック療法ってのでこいつの病気克服させてやるぜ!」 「ワタシも手伝うだよ!」 「僕もー!!」 「今日のところは私がなんとかしておきますから、くれぐれも皆さん大人しくしていて下さいね。」 屋敷もまだ直っていないし、手伝わせようと思っていたシルヴィオも既に気を失ってしまっている。ため息をつきながらも嬉しそうに屋敷を直すセバスチャンをシエルは笑いながら見ていた。 back |