シナリオ通りに踊るマリオネット 晴れ渡る空。 雲一つない真っ青な空を仰ぐ。街屋敷ではセバスチャンがなにやら葬式の準備を朝から行っているようで、ばたばたと慌ただしい足音が響いていた。 「葬式ねぇ・・・私は辞退させていただこうかな。」 今日のおやつの下準備をしているとセバスチャンから声がかかる。 「え、何言ってるんですか。 あなたも行くんですよ。」 「だって、私関係ないと思うんだよねぇ。」 馬車で揺られながら、なおも前で馬を操るセバスチャンに言う。横で少年は移る景色をうっとおしそうに見やる。 「あなた、今更ごねてるんですか。 まったくあなたそれでも執事ですか?」 「だから、本職は医者なんだが・・・まぁ、今は執事になるのか。」 そもそも執事ってこういう仕事だったかどうか怪しい。セバスチャンは毎回なにかしら全て一人で行っている気がするんだが。とても出来る気がしないのは気のせいではないはずだ。 「少年、「坊ちゃんですよ、」 ・・・解った、もう良い。」 「で、何なんだ? 話を途中で止めるな。」 執事に支給されているというファントムハイヴ家ロゴ入りの銀時計を見遣る。 「もう、始まってるんじゃないですかね・・・?」 時計の針はとうに開式の時刻を回っていて、既に終了時刻も近い。 「間に合うから良い、それに、長居はしたくないんだろう?」 「・・・まぁ、良いなら良いんだけどね。」 セバスチャンが微笑んだのが見えたが、何を考えているかなんて考えたくないので無視した。 どうせなにかしらサプライズを寄越すつもりなのだろう事は想像に難くない。協会の裏手に付いたとき、にやにやと笑う白髪の男が馬車の扉を強引に叩く。 「待ってたよ、伯爵。 いつでもやれる。」 男の指さす先には黒塗りの車の中に所狭しと置かれた薔薇、薔薇、薔薇。葬式には似つかわしくない赤、それをあえて選んだのは彼女が好きだったから。 「まったく気障だね、 まぁ面白いけどさ。」 あとで親族達になんて言われるかなんて、少年は気にもしないのだろう。 「車を表に回せ、シルヴィオ。」 「御意 御主人様。 」 用意された花車に馬を繋ぎ直し、ゆるく手綱を握る。セバスチャンは薔薇の中から同じように真っ赤なドレスを引きずり出し、少年に手渡した。 「坊ちゃん、」 「解っている。」 ドレスの裾を地につけないように恭しく抱く少年は昨日の弱気な顔をしてはおらず、目の前の重厚な協会の扉をまっすぐに見つめていた。その扉をセバスチャンが合図通りに開き、赤色を抱えた少年は一足ずつ踏み出していく。 次第に大きくなるどよめきの雑音の中でも少年の足音だけは酷く高く響いて、ちょうど彼女の前に立ったときには周りは静まりかえっていた。 「・・・貴方には白なんて地味な色は似合わないよ、アン叔母様。」 ばさり、と肩に掛けた赤のドレスを彼女に着せて微笑む。 「貴方に似合うのは、情熱の赤。 地に燃えるリコリス色だ。」 胸に刺さる赤の薔薇を一輪、彼女の髪に挿すと少年は踵を返す。扉の前に差し掛かるまで、まわりの人は静止画のように動かない。 少年のやりとりは実に1分弱ほどの事だったのだが、その時間が異様に長く感じられた。 「あ、花が・・・」 口を開いたのは幼い少女。彼女の声に気付いて、周りを見渡してみればどこからか吹き込む風に舞う赤い花弁。 「おやすみ、マダムレッド。」 空を見てから、最後に棺を見遣った少年。その瞳にあったのは涙ではなかった。喪失感だとか、悲哀だとか、そんな言葉では表しきれないような感情。それを見ていたセバスチャンは至極嬉しそうに唇を長い舌で舐めた。 細められた目でそれを同じように笑いながら見ているのは、先刻から私の横に立つ奇妙な男。男の口からぶつぶつと小さく発せられた言葉を、耳は興味もなく拾う。 「流石、飽きないねぇ・・・ 最高の暇つぶしじゃないか 」 セバスチャンの口から零れた声ではない、低さの声。まさか、と振り向いた時に見えた横顔。 「・・・・・・?!」 「ん? どうしたの、シルヴィオ君?」 長い髪の間から一瞬見えた冷たい瞳に、 寒気がした。 back |