その男、嘘吐きにつき 「私、ウィリアム・T・スピアーズと申します。規定違反を犯したその死神を引き取りに参りました。」 メガネを軽く上げながら冷たく放たれる声。それは今宵の冷たすぎる満月によく似ていた。 「ウィル、助けに来てくれたのね!!」 目を輝かせて顔を上げた赤い死神の顔面に高い塀の上から着地する男。みしみしと骨のきしむ不快な音が場の空気を止める。 「すぐ本部に戻って始末書と報告書を提出して頂かなくては。」 「ちょっと、ワタシ今、殺されそうになってたのよっ!!冷たぃ「黙りなさい。」」 我々には興味がない、といったそぶりで2人だけで交わされる会話。このままさっさとお帰り頂こうと思っていたとき、セバスチャンが不意に声を掛ける。 「挨拶も無しとは、随分と死神も落ちぶれた物ですね。」 にっこりとセバスチャンが笑うと黒色スーツの死神はよりいっそう凶悪に目を細めた。 「・・・全く、この度はご迷惑をお掛けしました。」 なにかの舞台の台本の台詞の様に淡々と無調で呟かれた言葉。腰を折って謝っている様に見える姿には似つかわしくない、ふてくされたような物言い。 「あなた方のような害獣に頭を下げることになろうとは・・・死神の面汚しも良い所だ。」 その苦虫を噛み潰したような死神の顔に満足そうにセバスチャンは微笑む。 「それでは、その害獣に迷惑を掛けないようにしっかり見張っておいてください。」 「・・・全く、やはり。 これだから悪魔という物は・・・」 なにやらやり取りのような小言が続いている。そのときちらりとこちらを振り向いた死神と目が合ってしまった。 「ただ、節操のない狂犬共よりかは幾分かマシな様ですがね。」 少年を見ていたにしては長くからみついた視線。その瞳が少し笑ったような気がして気分が悪い。唯一、それが自分に向けられた物でないことが救いだ。 「さぁ、帰りますよ。全く、人手不足だって言うのに余計な手間を取らせないでください。」 赤い髪の毛をずるずると引きずりながら死神が背を向けた時、セバスチャンが手に握っていた"死神の鎌"を思い切って振り投げた。しとめた、そう私が思った瞬間、死神が後ろを振り向いた。空気を裂いて投げられた鎌はあっけなく死神の手に納まり、小さく金属音を響かせる。 「流石、ですね」 鎌を指で止められた瞬間、セバスチャンは笑っていたが小さな舌打ちが確かに聞こえた。 死神は応戦してくることはせず、ゆっくりメガネを掻き上げて笑う。 「それでは、失礼します。」 「ええ、次回からは忘れ物はなさらぬように。」 「・・・ふん、以後気を付けるとしよう。」 2人の消えた方向の空を幾分か眺めていると呆れたようにセバスチャンから声がかかる。 「何をしてるんです?帰りますよ。」 「ああ、解ってる。」 「坊ちゃんが冷えてしまいます。」 足早に少年に報告を始めるセバスチャンは怪我をしていながら、いつも通りの顔で笑う。 いくら悪魔といえどもあれだけの傷を負えば、修復にも時間がかかるだろうに。痛みはあるか定かではないが、それでも薄く顰められた眉間の皺からよほど辛いのが見てとれた。 「早く、街屋敷に帰りましょう? ホットミルクをお淹れしましょうね。」 外から見る2人は酷く滑稽だ。かみ合っているのに軌道からずれている歯車のよう。セバスチャンに話しかけられても少年はマダムを見つめていてその場を動こうとしない。 途方に暮れたセバスチャンが促すように頬に触れると少年はやっと色を取り戻す。 「・・・そうだな。」 立ち上がるシエルは頭のどこかで解っているはずだ。君の隣にいる男もまた、人間でない、化け物だということを。 信じれば裏切られる人間にこれほど私が固執してしまうのはやはりどこかで人間に信じているからなのか。二人の間にあるのは契約だけだと知りつつも、どこかで私は人と異形が共に暮らせる未来を期待していたのだ。 (さぁ、少年。 本当に君の執事君は、君にとってはただの執事かい?) 知らないのは罪である。気づかない振りをして騙す者もまた罪である。どうあっても我々と共に生きる限り、人間は気づかずにはいられないのだから。 「シルヴィオ、帰りますよ。」 自分の小さな独り言に、気づいている癖に聞こえないフリをするセバスチャン。その口元が歪むのが見て取れたが、私は見ない振りをした。 「言われなくても行くよ。」 前を歩くシエルが不意にふらつき、抱きとめようとしたセバスチャンの腕をシエルは思った以上の力で振り払った。 「いい、大丈夫だ。 一人で歩ける。」 back |