その男達、異形につき 死神の声がどこか悲しげに裏路地に響く。 「さよなら、マダム。」 マダムレッドが着ていた赤いコートを引き離し、羽織った死神の所作はまるで、形見分けの儀式のように見えた。 生という色彩を失ったマダムに駆け寄った少年が、見開いたままの双眼を掌で閉じる。これでおしまいとばかりに死神が去っていくのを見ていた執事君に、少年は再度命令を下す。 「おい、何しているセバスチャン。 まだ、終わっていない。」 その一言に死神も足を止めて、こちらを見やる。 「早くもう一匹をしとめろ、ぐずぐずするな。」 「御意・・・」 「・・・見逃してあげようと思ったのに。死にたいならみんな纏めて、天国まで逝かせてあげるワ!」 その数の中にはもしかして、自分も含まれているのだろうか。だとしたら笑えない冗談だ、と口に出そうとして咽る。 「っ、おい、大丈夫か?!」 「大丈夫、に見えますか?」 背中の傷は塞がらず、さっきから指も上がらない。 「早く、手当を・・・」 舌打ちをしておろおろとする少年に笑って言う。 「少年、私を生かしたいかい?」 誘惑する声色で極上の笑みを少年に魅せれば、白い首が躊躇いながらも頷くのが見えた。 「上等、」 差し出された白い少年の首に、小さな噛み痕を付ける。 少年のことは気に入っているし、殺したら次は私の命が無いことを知っているので加減して吸う。少量、それでも純度の高い、極上の血。傷を付けられた背中の細胞が少しずつ泡立つ様に活動を始める。傷が一応治る程度だけ頂いたのだが、少年の顔色はすこぶる悪いようだった。 (これ以上は、まずい、だろうねぇ。) 牙を首筋から離し、ふらつく少年を壁にもたれかけさせる。 「もう、怪我は平気なのか?」 「傷口の修復は、ね。」 まだ動くにはしんどいんですと笑えば、もっと必要なのかと手首を差し出される。 「やめておくよ、当分少年からはもう採血出来なさそうだから。」 ふらり、と足をつけた地面には赤い絨毯。 「シルヴィオ、何をする気だ。」 「死者は、何も語らないよ、少年。」 どうせ、流れてしまう生命なら、私が頂いたって良いじゃないか。まだ、マダムの身体は体温を失ってはいない。と言うことは、まだ血は固まっていないと言うことだ。死者に傷を付けるのは本意では無いのだが、この際、致し方ないだろう。傷口に唇を宛て、柔らかい女性の肌小さく傷を付ける。 少しでも目立たないところを選んだのは、少年への配慮である。 外見に変化が無い程度に吸い終わると、少年が少々苦い顔をしてこちらを見ていた。赤い血が唇の周りにべったりと張り付いた様は、まるで、 「化け物・・・っ」 「酷い言い方だね。 君の飼っている執事君は、私よりよっぽど化け物だよ?」 赤い舌で唇についた血を舐め上げながら言うと、少年は更に顔をしかめる。 「そして、その化け物を生かしたのは君だよ、シエル君。」 目を見開いて、私を恐れる表情。今も、昔も人間はちっとも変ってはいない。 「まぁ、良いんですけどね。」 少し呆れたように言ってみれば、少し離れたところから悲鳴。セバスチャンの声でないところからして、勝ったのだろうか。ふと、月明かりに目を向けると、こちらを見下ろしている黒ずくめの男と目が合う。 「また、死神、かな?」 少年を隠す様に立てば、その無表情な顔が驚きに歪む。 (まったく、面倒な仕事だ) 声は遠くて聞き取れないが、唇がそう動くのが見えた。男の手には長い獲物。きっと死神の鎌だろう。その切っ先は自分たちでなく、執事君達がいる方向を狙っている。 「執事君!上だ!」 「?!」 奪ったグレルの死神の鎌と、もうひとつの死神の鎌がぶつかり合い、擦れる金属音が嫌に高い音を奏でる。目を潜める執事君とは対象的に、新たな死神は無表情のまま口を開いた。 「お話中、失礼します。そこの死神を引き取りに参りました。」 back |