鮮血のバラッド | ナノ


己に科した罰の名は


「走馬燈劇場・・・話には聞いたこと有るけど、これは・・・」

神と戦うと言うことは、こういう事なのだろうか。思わず笑ってしまったのは、可笑しいからでない。背筋を駆け抜けた悪寒のせいだ。

「レコードを見て生かすべきか、殺すべきか決めるの。」

レコードを見て、人の、生ける物の全てを決める。それはやはり、神の所行。

「死んじゃっても良いかな、って奴は・・・記憶と魂を身体から切り離して・・・"おしまい"」
「覗き趣味とは・・・最悪ですね。」

セバスチャンのその回答に、少し苦笑しながらも死神は追撃の手を緩めない。

「ノンノン、お仕事よ? でも貴方の過去、気になるわ。悪そうな男なら、尚更ね!!」

執事君も避けるのが精一杯らしく、背後から一瞬で前方に移った死神の歯を両手で止める。回転を止めない死神の鎌に裂かれ、白い手袋からは同じように白い肌が覗く。

「・・・人間相手のごっこ遊びじゃ済まないわよ。死神の鎌なら、全て、」
「・・・何が言いたいんですか?」
「記憶だけじゃない、魂も、空間も、悪魔だって、本当に切れちゃうんだから!」

遠くに見える彼らの声が、雨音の中でも一段と映えて聞こえた。でも、向こうばかりに気をやっていてはいけない。 目の前には全身赤に身を包んだ、彼女。

「何故・・・」

腕の中の少年の呟きにマダムは落ち着いた様子で答えていた。

「今更・・・聞いてどうするの? 貴方と私は敵同士。」

ヒールをならしながら近づくマダム。少年の目はまっすぐにマダムを見ているようで、どこか虚ろだった。

「番犬の貴方を狩らなければ、狩られるのなら・・・道はひとつしかないわ!!」

マダムが、刃物を持っているなんて、考えて居なかった。切り裂きジャックはグレルだと思っていたから。

遅れた動作を取り戻そうと、無理な体勢で少年を庇う。長い刃渡りのナイフは、少年には当たらなかった物の、自身の背中から胸を射抜く。 深く刺さったナイフをゆっくり抜くなんて事はしてくれず、乱暴にナイフを引き抜かれた皮膚からは赤黒い血が飛び散った。

「ッアぁっ・・・」
「シルヴィオ!!」

「・・・何故、邪魔するの?」
「貴方も、医者だろう!! 人を救う立場の貴方が・・・何故・・・っ」
「貴方には、解らないわ、一生ね!!」

腕の中のシエルに向かって、再度ナイフが振り上げられる。後ろに引くなり、庇うなり出来たはずだった。でも思った以上に、血が足りていなかった身体はよろめくばかりで動いてはくれない。

「少年、逃げろ。」

最近、ろくな食事を食べて居ない上に、近日の断食はかなり体力を消耗していた。茶色のコートが己の血で色を変えていくのが目でも解る。普段なら傷を負っても回復するはずなのだが、背中の傷は塞がらないどころか悪化しているようだ。 もしかすると彼女が手にしていたナイフは銀製だったのかもしれない。

ナイフをシエルに突きつけながら壁に追い込んだマダムは、シエルの首を掴み、叫んだ。

「逃げろ、と言ってるのが聞こえなかったのか、少年!!」
「・・・あんたなんか、あんたなんかっ・・・生まれてこなければ良かったのよ!!」
「セバスチャン!!」

向こうも、それどころじゃないのは百も承知。でも、叫ばずには居られなかった。

「坊ちゃん!!」

視界が真っ赤に染まり、身体が地面に沈む。

「セバスチャン、止めろ。殺すな!!」

悲痛なマダムの泣き声と、セバスチャンの呼吸音、死神の笑い声が裏町に響く。

「・・・シルヴィオセンセ、良い格好じゃない。そういう姿が見たかったのヨ!!」

セバスチャンに逃げられたのであろう死神が、靴音を鳴らしながら近づいてくる。んふっ、と笑った死神の目はもう既にセバスチャンを映していて。

「腕一本駄目にしてまで、そのガキ助けに行くなんて・・・すごいワ、セバスちゃん!!」
「駄目・・・私・・・」
「それに比べて、マダムは何やってるの? さっさと殺っちゃいなさい!」
「・・・私に・・・私にはこの子は殺せない・・・っ」

マダムの悲痛そうな呟きに、死神が舌打ちする。

「せっかく、私が手伝ってあげてるのに!!」
「駄目なの、この子は・・・私のっ・・・」

シエルではなく、グレルに向き直ったマダムに死神は優しく微笑みかけた。

「そう・・・マダム、解ったわ。」

ふ、と顔を上げたマダム目掛けて死神は鎌を振り下ろすと、鎌はマダムの胸を貫いて赤色の花を咲かせる。

「ただの女になった貴方に、興味無いわ」

飛び散る赤を身に浴びながら淡々と告げた死神の目には、降りしきる雨とは違う水滴が流れているように見えた。

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