鮮血のバラッド | ナノ


その男、不運につき


だんだんと強く石畳を打ち付ける雨の音が激しくなる。 暗雲が月を隠し、人ならざる物達は顔を見合わせ笑った。

「そお?アタシ女優なの。それもとびきり一流の。」

彼は口元を歪めながら髪のリボンを解き、メガネを外す。 空から降る雫が徐々に彼の髪の色を本来の赤色へと戻していき、やがて現れたのは、やはり以前見たことのある赤い男。

「それじゃ、改めましてセバスチャン・・・いえ、セバスちゃん!!」

口調まで、先ほどのおどおどとしていた彼ではない。 セバスちゃん、と愛称を勝手につけて呼ばれた名前に少しだけ悪魔の目が細められたのが分かる。さっと化粧を自らに施した男は、決め手にと投げキッスをしながらウインクを返した。

「バーネット邸執事、グレル・サトクリフでございマス★」

「執事同士、どうぞヨロシク」と笑う男は付け加えるかのように、それに己の名を吐いた。

「すっぴんで色男の前にいるの恥ずかしかったのヨ?」

さも上機嫌に死神は笑うが、それに比例して執事君の機嫌は急降下しているようだ。

「それにしても、悪魔が執事してるなんて・・・ビックリしちゃったワ」
「私も・・・結構生きてますが。貴方のような方が執事だなんて聞いたことがありませんから。」

二人の会話に入れない、私の腕の中の少年がこちらを見上げて"答え"を待っていた。

「神と・・・人との中立であるはずの存在・・・」
その答えにセバスチャンが目だけこちらに向ける。

「なぜ、死神の貴方が、執事など・・・?」
「そうね、一人の女に惚れ込んじゃったってトコかしら?」

死神の目線の先には赤いドレスに身を包んだ、女。

「・・・マダム、レッド・・・」

マダム・レッドの名前を持つ女、アンジェリーナ・バーネット。シエルのたった一人の血縁者、その人だった。苦々しく名前を口にしながら、腕の中に収まっていた少年が己の腕をすり抜ける。

「まさか、グレルの正体を見破れる奴がシエルの傍にも居たなんてね。」
「最初の・・・最初の容疑者リストの中には勿論マダムも居た。」
「あら、身内まで疑ってたの?」
「けれど、貴女のアリバイは完璧だった。」
だから、少年も、安心していたのだろう、初めは。

「全ての事件に関わるには、リストのどの人間にも無理だった。もちろん、マダムにも。」
「・・・・・・。」
「だが、共犯者が死神であるならば、話は別だ」

押し殺すように裏路地に響く少年のアルトは酷く残酷に路地裏に響いた。

「つまり、犯人は貴女達しかあり得ない。」

それ以上何も話そうとしないシエルに、執事君が私に合図する。

「被害者の共通点は『娼婦である事、子宮がない事』意外にもあった。」苦笑しながらその続きを紡ぐ。 「まぁ、首筋の〜につきましては私の食事のせいですから省きますね。」それに、その傷ならこの界隈にすむ女なら、大抵誰しもにある傷である。

「被害者の全員がマダムの病院で手術を受けている。」

前に執事君から受け取ったリストを前に掲げ、相手に提示する。 被害者が手術を受けた順番と殺された順番が見事に一致いるリストを見てマダムは苦笑するように顔を歪めた。そのリストの下に一行だけ、名前を黒でつぶされていない名前。先ほどの部屋で殺された彼女の名前だけが奇麗に残っている。

「ここで、張っていればあなた達が来ると、思っていた。」

唇を匹結んで前を向く少年に向かってマダムは数歩歩み寄り、話しかける。

「残念ね。気づかなければ、また一緒にチェスが打てたのに。」

そう話しかけるマダムの目は酷く悲しそうだった。それは慈しむように、どこか遠くを見ているようでもあった。

「でも・・・今度は譲らないわ!!」

いきなり口調が変わったマダムに合わせて、なにかの騒音が響く。 まっすぐに走り出した死神の手にはチェーンソー型の"死神の鎌" 不意に、少年を抱き寄せて後ろに下がる。 手前では執事君が死神の鎌を白羽取りで止めていた。なんだアレは、と腕の中にいる少年が騒がしく訊ねる。

「あれはね、死神の鎌だ。あんな形状のものは私も見るのは初めてだけど。」

また厄介な物を持っているものだ。

「どんな物でも自在に切り裂ける、神だけに許された道具・・・「そう、そうなのよ!!」

突然挟まれた台詞に嫌気が差した。 悪魔と出会ってしまったことも、この場所に居ることも。

その男、不運につき

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