死神は笑う 次の日の夜。目星を付けていたメアリ・ケリーの自宅前、前回と同じように裏道に姿を隠し、道と部屋を見張る。 前回と違うのはそこにもう一人、そこにシルヴィオが居る事だけだ。 「寒い・・・」 いつもの衣装とは違い、街角にいそうな少年の普段着のような物を着た主人が言う。いつものようにコートを羽織っていてもなお肌寒いこの夜に薄着という二重苦である。かくいう私も防寒の面では少年と同じで、いつも通りの少し浮ついた服装だったりするのだが。執事君は燕尾服の上から厚手の黒いコートを着て主人の傍を守っていた。 「やはり、その服ではお寒いでしょう。一雨来そうですし。」 まぁ、主人に風邪を引かせた執事というのは些か最低だなとは思うが。裏町通りの少年にサイズの合わない厚手の黒いコートというのはいささか変な気がする。それを思ってか、少年は一言でそれを制す。 「上着は貸さなくてもいい。目立ちすぎる。」 「それでは、私の服でも貸しましょうか?」 そもそも初めから目立っているのに、と言わないのが優しさというものだ。とりあえず流れで茶色のジャケットスーツの上着を見せながら言うと、やはり静止がかかった。少年からではなく、隣にいる執事君からだ。 「私のより、目立つんじゃないですか?」 「それ以前に、執事君が目立ちすぎだと思うんだけどね。」 「二人とも五月蠅いぞ。それで、次に狙われるのは彼女で間違いないんだな?」 その少年の一言にセバスチャンは頷く。 「ええ、何度もそうお伝えしているはずですが。」 「確かに、そうだが。だが、奴が殺す必要性はどこにある?」 そう話している少年の肩を人差し指でトントンと二回叩く。 「なんだ、シルヴィオ。今話して・・・っ!!!」 「ですから、アレ。」 指さす先には虎猫と優雅に戯れる執事の姿。 「ふふっ、素敵ですよ。なんと可愛らしいんでしょう・・・!!」 「おい、セバスチャン。何をしている?」 「あ、すみません。稀にみる美人でしたので、つい。」 「ったく・・・」 確かに猫は可愛いとは思うが。とは今言える状況ではなさそうだ。少年が何度目かのため息をついたと同時に、女の断末魔の叫びのような金切り声が聞こえた。 「おい、だれか部屋に入ったか?」 「っ、誰も部屋には・・・!!」 「見逃してたとかだったら、僕は怒るぞ!」 「・・・とりあえず、行きましょう!!」 凄い剣幕で走っていった二人の後ろをゆっくりと歩く。鼻孔をくすぐる白い肌の下の紅い本流の匂いが酷い。これでは第一、もう走ったとしても彼女は手遅れであろう。 それに犯人は優秀な執事君が捕まえるんだろうし、わざわざ体力を使うのが勿体ない位だ。少年たちが開けたドア先には、やはり彼が血の海の真ん中に座っていた。それを開ききったドアの外側から冷ややかな目で見降ろす。 「随分と・・・派手に散らかしましたね。切り裂きジャック・・・いえ、グレル・サトクリフ。」 自分たちが外で張っていた事など知らない彼は、尚も言い逃れをしようとする。 「違います・・・これは・・・叫び声を聞いて駆け付けた時には・・・!!」 「私達は唯一の通り道にずっと居ましたが貴方はここを通りませんでした。」 淡々と、抑揚の無い声で執事は話す。 「貴方は一体、どこからその部屋に入られたのです?」 問い詰める執事君に、肩を震わせる少年。部屋に充満する臭い。部屋を、少年の頬を濡らした真新しい赤色は、まだ酷く魅惑的な香りがした。 「勿体ない・・・」 少年の頬に飛び散ったそれを指で救い、舐め取る。それに少年は目を見開いたようだった。 「その姿ではもうしらばっくれても無駄ですよ。もう、いいじゃないですか。」 小ぶりながら降り出した雨が血に塗れた髪を伝い落ちる。軒下に居てもなお安い路地裏にある部屋なんてこんなものだろうか。肌に張り付く服の感触が酷く不快だ、なんて関係ないことを思いながら二人の会話を聞いていた。 「もう、お芝居はやめにしませんか?」 血塗れた男は、その言葉に顔を歪めて笑った。 死神は笑う back |