鮮血のバラッド | ナノ


その医者、我儘につき


確かにあの男の補佐を、もとい執事補佐をすることは認めた。だが、ここまでは予想外。何故、奴がここに居るのか・・・だ。

「ここが、主人の町屋敷です。」

ドアを開けた瞬間、開け放たれた部屋からの異臭。正直こんな環境下では生きていけない気がする。

「随分遅くなってしまいました、今から夜食の準備を致しますので・・・シルヴィオ。」

不意に腕を掴む力を強められ、顔をしかめる。

「何ですか・・・」
「逃げないでくださいね?」
「逃げない、からっ・・・手を離せ。あと、俺に触るときは手袋をつけてくれ。」

先ほどから素手で衣服の上から触られていると言うだけでも譲歩している。素手で素肌にでも触られたら倒れてしまいそうだ。

「全く、つれない・・・まぁ良いですけどね。とりあえずこの異臭の元を何とかしなくては・・・」
「確かに・・・何だこの匂い・・・」
「おい、僕の屋敷で何をしている!!」

セバスチャンが窓を開けている間に部屋の中に少年と一緒に入る。

「あら、シエル。遅かったじゃない!!やっぱりグレルは駄目ね。」

ソファーで中国人の男と女性が笑いながら話し合っている。

「で、そっちの美形は・・・ってシルヴィオ医師じゃない!どうしたの?!」

確かに彼女とは直接面識はないが、大体の話は医療関係者の中でも聞いているし、遠くだったが、医療関係のパーティで何度か見かけたこともある。

「お噂はかねがね、マダム」
「へぇ、知り合い?まぁマダムの好きそうな顔だけど。」

隣の中国人が己のの顔にかかる前髪を掻き上げようとしたが、とっさに避ける。

「・・・、どうしたの?」
「いえ、少し驚いたもので。」
「シルヴィオ医師は業界きっての男嫌いなのよ。なんでかは知らないけどね。」
「お恥ずかしい限りです。」
「ふーん、あ、我は劉だよ。よろしくね。」
「よ・・・宜しくお願いします・・・」

その瞬間になにやら楽しそうに劉の目が歪んだのに寒気を覚えた。(確実におもちゃを見つけた子供の目だよアレ。絶対。)

「で、事件の重要参考人か何かなのかい?」
「ま、まぁ・・・近い物ではありますg「何が近いんですか、貴方。」」

奥からずるずると片手に執事らしき人を引きずってセバスチャンがでてくる。

「今日から坊ちゃんの執事補佐の方ですよ。医療が出来るので色々役立ちますしね。」
「えー?!シエル狡いじゃないの!美形が二人も居るんだったら一人寄越しなさい!!」
「駄目だ。」
「なによぅ!私のところの執事だって使えないんだもの!!」

にぎやかな中で床に放り出されたまま動かない執事らしき人。

「えっと、大丈夫ですか・・・?」

声をかけつつも触ろうとはしない。

「だい・・・じょうぶ・・・でス」

ぱっと見る限り外傷は無し。意識も有るので大丈夫そうだ。

「起きれますか?」
「起きます・・・」

その時、一瞬。微かな血の匂いがした。自分に付いていた香りだったかもしれないが、確かにしたのだ。ちらりと相手の顔を覗き見てぞっとした。いくら気弱に見せても、いくら顔の外を繕っても、解るときは解ってしまうものだ。

「・・・どうか、しましたか?」
「いえ?何でも有りませんよ。」

どうにか顔をひきつらせないようにして笑いながら首を振る。起きあがる際に少し白衣の裾を掴まれたのに苛ついたが、俺にはこの男をあえて糾弾する義務はない。


その医者、我儘につき


「どうでもいいですが、私に触るときは手袋をしていただけますか?」


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