運命を開く 「叔母さん、こんにちはー。」 そう言って扉を押すと、花の匂いが私を出迎える。いつものような出迎えを通り抜けて、一番香りが強いところへと歩いていくと叔母さんが花に水をやっているのが見えた。 「あら、シルフィン。」 叔母さんが笑ってそう言うと、私も同じように笑い口を開いた。「今日は何かお手伝いある?」と。 思えば、ここからもう既に何かが始まっていたのかもしれない。 叔母さんの家は街の小さな花屋で、昔からよく遊びに来ていた。それは大きくなってからも変わらないけど、昔と違うことは、仕事を手伝うようになったことだ。何気なくそんなことを思っている途中で聞こえた叔母さんの声で、意識が引き戻される。 「今日は・・・そうねぇ・・・うーん、特に無いかな。今日はバイトくんが来てたから。」 「そっかー。あ、そうそう。今日は手伝いだけじゃなくてさ、見せたい物があるんだ。」 そう言って鞄の中から見せたいものを机の上に取りだし、話し始めた。そして、丁度試しに見せようとした瞬間、電話が鳴り始める。 「はい、こちらローザリアンです。」 電話を取った叔母さんの様子をじっと見ていると、なにやら嫌な予感がしてならない。叔母さんは電話の相手にぺこぺことお辞儀をしている・・・ように見える。結構叔母さんおっちょこちょいだからな・・・きっと何か忘れてたんだろうな。とか思いながら、静かに、そして素早く机を片づけ始めた。 電話が終わった後、「ゴメン、シルフィン。忘れてた仕事あったのよ。手伝ってくれる?」と言われ、何となく予想の付いていた私は軽く頷いた。どうやら美術館に持っていく花を、届けるのを忘れていたらしい。 「・・・ねぇ、美術館って生花・・・駄目じゃない?」 「あら大丈夫よー。今回のお花、フリーズドライだから。」 まぁ、そんなもんなのかな。とか思っていると、ふと、目に映ったもの。 「それで良いのかな・・・って、そう言えば。これ、何?」 「確かここにあったはずー。」と言っている叔母さんに私は話しかける。 「んー?シルフィンどれー?」 そう言われ、近くにあった小瓶を持ち上げる。そうすると、中の液体が大きく揺れた。 「あ、それ?花を染めるやつ。」 「花を染める・・・着色剤?」 叔母さんの肯定の返事を聞きながら、私はまた小瓶を揺らす。すると、海よりも真っ青な液体がゆらり、ゆらりと波を打つ。 「前、青いかすみ草が欲しいってお客さんに言われてね。買ってきたの。」 そう言いながら、近くにあった白い箱を私に見せてくれる。中を見ると、同じ様な容器がずらりと並んでいた。 それ。箱の中に入れたら、そこの棚に置いておいて。と言われ、私はそのビンを箱の中にしまう。 「でも、着色かー・・・。」 白い箱を手に持ちながらそう呟くと、叔母さんは苦笑して見せた。 「シルフィンの言いたいことは何となく分かる。・・・あたしだって出来たら使いたくはないしね。」 花にはその花の綺麗な色がある。それは人工のよりも絶対綺麗だから。そう言うのを聞きながら、私はもう一度手の中の白い箱を見つめた。 プリムラ・ジュリアンの咲く頃に 「って、のんびり話してる場合じゃなかった!シルフィン!花、届けてきてくれる?」 届け終わったら、自由にして良いから。と言われ、ポンと背中を押される。 「あ、預かったお金はまた来たときにくれればいいから!」 そう言って、私が返事をする間も無く花を渡される。 「りょーかいです。」 「あとね、シルフィン。フリーズドライって結構脆いから気をつけてね!!」 「ねぇ、それって自転車で持っていって大丈夫なの!?」 大丈夫よー!きっと!!と、自信のあるような無いような返事に背中を押され、自転車の方へと足を進める。そしてカゴに花を潰れないように入れ、慎重にペダルをこぎ始めた。 ・・・だけどこの手伝いが大きな事件に繋がっていくなんて、この時の私は思いもしなかった。 強いてこの時思っていたことがあるなら、花が潰れないかという心配だけだった。 back |