中編:海賊♀ | ナノ


彼が暴君たる理由


ふわりと顔を包む、2つの両手。優しいその掌に、どれだけの力があるのかは知っているが、今はその腕は己のために、やさしく頬をなでる男の手に他ならない。ただ、残念なのは彼の掌は特殊な手袋で覆われているという事だ。うっかり能力が発動するのが怖いのか、基本的に彼の手は分厚い黒皮の手袋に覆われている。ふっくらと真ん中に膨らんでいる肉球、それを手袋越しにしか味わえないのがどうにも残念でならない。

「・・・どうした。」
「・・・いや、何でもない。」

手袋伝いで伝わる掌の感触を両頬でゆっくりと味わう。この大きな掌が、太い指が、器用に聖書のページを捲るのだ。そして時には己の頭を、頬を、身体を撫でる。改造が進んでいる彼の身体のなかでも能力に直接関係してくる部分ということで、まだ改造の手が及んでいない彼の掌はまだ人間らしく暖かい。

「私、くまの手、好きよ。」
「そう、か」
「太くて、柔らかくて、それでいて優しい感じがする大きな手。」

頬に触れる手を上から自分の腕で押さえて微笑めば、くまがそのまま唇に触れるだけのキスを寄越す。少し拗ねたように首を傾げる彼は、意地悪い笑みを浮かべて言う。

「・・・手、だけか?」
「ふふっ、もちろん、くまの全部を愛してるわ。」

そうか、と随分嬉しそうに顔を緩ませる男をこの上なく愛おしいと思う。ずっとこの時が続けばいいのに、今で時が止まればいいのに、何度思っても無情に残された時間が減ることは分かっているから、だから私達は最後のその日まで後悔の無いようにする事に決めた。実際、そんな日が来たら後悔なんてするに決まっている。自分が泣く未来はもう既に決まっているとしても、それでも己の幸せを噛み締めて生きる事を決めた。

「俺も、愛してる。」

愛している、という唇がお互い震えなくなったのは、やはり何処かで今が続くわけがないと知った上での覚悟なのだろう。長く続く閨の中での睦言のようなその言葉。それでも、それが続いているうちはお互い現実から目を背けられるのだ。

「すまない、酷な事をしているのは解ってるんだ。」
「貴方は暴君だもの、人の気持ちなんて気にしなければいいのよ。」

おいていく人の気持ち、おいていかれる人の気持ちなんて、当事者にならなければ理解なんて誰が出来ようか。


どうか謝らないで


其を暴君、と呼んだのは誰だったか。
貴方自身でないのは言うまでもないが、確かに的を得ている。


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