中編:海賊♀ | ナノ


ウロコ越しのヒフ


街角、ごろつきに絡まれてしまうのも、有名な海賊の宿命といえば其れまで。無益な殺戮は好まないが、地の匂いに釣られて己の血が沸き立ちそれを忘れる。気付けば敵は無惨な事になっているなど、ざらである。動物系はやはり人より野生に近いのだから、野生の獣に向かっていくなど無謀の極み。動物は戦いの最中に理性など持ち合わせてはいないのだから。今日もまた、気付けば自分の周りには人の山が円状に出来上がっていた。やってしまった、そう思って帽子を深く被り直せば、後方から物音。

「お見事、」

パチパチと薄く笑いながら手を叩くのは見知った女。ぐつり、とまだ収まりきらない野生が腹の中で渦巻く。

「・・・、どうした。 その・・・汚れるぞ。」

俺の服は黒いから目立たないだけだが、今自分は相当な血と泥で汚れているだろう。彼女はそれに比べて綺麗な白いシャツを着ていた。近寄って欲しくない、それを服だけの理由として避けてみれば、彼女は無邪気に笑って、俺に抱きつき口付けた。

「やるねぇ、流石。 億越えは伊達じゃないって?」
「・・・あまり茶化すのはよせ、ナマエ。」
「紳士的な男だと思ってたら、そんな海賊らしい顔もできるんじゃない。」

くつりくつり聞こえるのは彼女の押さえるような笑い声だろうか。頬に血が、と拭う彼女の手は酷く温くて、それに対して俺の手はとても熱かった。

「・・・何を。俺は海賊だぞ。」
「そうだったわね。」

そうじゃなきゃこんなに港で暴れたりしないわよね、と嘲笑混じりの苦言に俺は項垂れるしかない。だってどう見たとしてもこの惨状は俺が作り出したのに相違ないのだから。どこから見ていたのか、と問えば一部始終を、と返ってくる言葉。

「格好良かったわよ、恐竜さん?」
「それは、どうも。」

いささか悪趣味な彼女が覗き込むようにこちらを見遣る。その瞳には純粋な興味しか見えず、海賊達の瞳にあった恐怖とは違うものだったのに安堵した。

「・・・もっとよく見せて欲しいんだけど、」

ダメかしら、と控えめな口調ながら完全にこちらの否という答えを考えても居ない彼女に苦笑する。 服も所々変身した際に破れてしまっているのだから、断る理由もない。
仕方ないというスタンスのまま、息を吐き出し変化を始める。完全に変化はしない、人獣フォルムあたりで留めたところで彼女の手が背に伸びる。肩口から撫でるように這わされた指から伝わる熱で、その場所だけ異様に熱く感じる。

「私、恐竜って好きよ。」

だって、体温低くて、気持ちがいいんだものと鱗に頬をうっとりと擦りつける彼女。低い己の背中に、彼女のふれた部分から熱が伝染し、彼女が離れた瞬間から、鱗は冷え始める。その熱が続かないことが、とても残念な事に思う。満足したように散々撫で尽くしていた指先は、最後に己の頬を撫でてポケットにしまわれた。本当はもっと撫でていて欲しい気もするが、それを口に出すのは野暮というものだろう。とりあえず何でもない顔を取り繕ってから、お互い噴き出すように笑った。

物欲しそうな顔をしていたのはお互い様、というやつだろう。何事も腹八分目、物足りないくらいが丁度良いはず。

「・・・満足したか?」
「・・・貴方も満足かしら?」


ウロコ越しのヒフ


title by 約30の嘘

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