中編:海賊♀ | ナノ


泪はうつくしい


いつ以来だったか、シャボンディーの少しだけ流れたカメラに彼女の姿が見えた気がした。

「や、ドレーク。また、会ったね。」
「ナマエ、お前は遅いな。」

新世界にはいってまだこの島は2つ目あたりだ。白髭と海軍の抗争はもう3ヶ月前程になる。シャボンディーで自分たちの船より先に出た彼女の船が遅いのは当然おかしな事だった。

「ちょっと、野暮用でね。」

悲しそうな顔で、店員から受け取った水のグラスを手に取る。彼女と会うのは酒場ばかりだと思う。

「・・・元海軍の貴方に言うのも変な話だけどね、横暴よね海軍って。」
「それは、例の一件の話か?」
「ん、そんなところ。」

やはり、俺の目は間違ってなかったと言うことだ。

「血の繋がりが悪、関係者も悪、なんて言ったらキリが無いでしょうに。」

彼女の握っていたグラスがパキリとヒビを入れて水がテーブルクロスに滲む。

「親父の死で、世界は荒れているのも無視して、何が正義だ。」
「お前は、白髭傘下だったのか?」

白髭をオヤジ、と呼ぶ彼らの絆は厚い。

「・・・娘だよ。 手配書、見なかったの?」

もう手配書が出回ってるんだよ、なんて笑いながら手元のフォークを爪弾く。そう言えば新世界に入ってからは脱走した囚人や、影響を受けた他の海賊も多く、手配書と言っても全て目を通せては居なかった。

「新世界に入ってからは、それどころじゃなくてな。」
「驚かないんだ。」
「初めから普通の海賊じゃない事は解ってた、別に驚く程じゃない。」
「そっか。」
「・・・元海軍の俺からしても、あの人は偉大な人だったと思う。」

くしゃり、と金髪に触れる右手。彼女は驚いて、その手を振り払う。
必死に顔に笑顔を張り付けても、なお小刻みに揺れる肩。

「同情が欲しいんじゃない、ただ聞いて欲しかっただけなんだ。」
「そうか。それはすまない事をしたな。」

それに気づかない振りをして、手早く会計を済ませる。彼女はまだ何も注文していないようだから、そのまま2人で出ても何も言う者は居ないだろう。

「ねぇ、もう出港するの?」
「さぁな。」

腕を掴むとそのまま彼女を肩に抱えて店を出る。多少暴れられるのは予想の範囲内。
荷物のように運んでいるせいで背中を何度か拳で叩かれる。

「ったく、何考えてるんだ! 離せ!!」
「暴れるな、目立つだろう。」

そもそも自分や彼女の格好のせいでもいくらか目立っているというのに。

「なら、離せっ・・・馬鹿っ!!」

端から見たらただの人さらいに見えるか、だがそれも悪くない。
彼女を担ぎながら歩いて行くと、自分の帆を掲げた船が見えてくる。

「ほら、見えたぞ。 俺の船だ。」
「そんなのは解ってる、お前本気で攫っていく気か?!」
「お前次第だ。」

船に近づくと、船に残っている船員が手を振ってくる。だが、その船員もこの状況は把握できないようで、船に乗った際には顔を引きつらせていた。手で船員に合図すると全ての船員が俺の視界から消える。

「ドレーク!!」
「騒ぐな、強制的に大人しくさせることだって出来る。」

元々この船は海軍の持ち物だった船をそのまま頂いてきたものだ。積んであった備品の中には海牢石の手錠もいくつかある。勢いよく俺の部屋のベットに彼女を放り投げる。別に不埒な考えで行動しているのではないが、そう見えてしまっても仕方がない。下心が完全に無いのかと聞かれれば、俺も男である。だが傷心の女に手を出すほど落ちぶれちゃいないと自負している。

「何の真似だ・・・っ」

ギリ、と彼女が奥歯を噛み締める音だけが部屋に響いた。

「・・・ここにはお前の船員も、白髭の奴らも居ない。」
「だから・・・何だって言うんだ! 退け、ドレーク。」

扉の前で彼女を部屋の中に押しとどめる。

「俺は、マリンフォードで何があったのかは知らない。」
「・・・・・・?」
「お前は、気負いすぎだ。」

彼女は目を見開いた。俺の気持ちは同情なんかじゃない。俺にも同じような経験くらいある。それがどれほど辛いのかも。

「同情なら、止めろと言っただろう・・・!!」
「同情じゃない、ただのお節介だ。」
「迷惑なんだよっ・・・」

正直その言葉は胸に刺さるが、今はそんな事気にしていられない。

「百も承知だ。 だが、俺はそんな顔をした女を放っておくほど悪人では無いからな。」
「馬鹿・・・だよ、」
「ああ、だが俺は受け止めることしか出来ない。」

もう、彼女は抱きしめても、頭を撫でても抵抗しなかった。胸の入れ墨に顔を埋めながら、彼女は声を殺して泣き始める。俺は彼女が泣きやむまで、ずっとそうしていた。


  *    *    *     

「ドレーク! すっごい迷惑かけた気がするけど謝らないよ!!」
「ああ、ただのお節介だからな。」

泣いた後、とすぐ解るような赤くなった目元を擦りながら船を降りた彼女。甲板の手摺りに身体を預けて船の上から笑いかける。

「・・・っ、 ありがと。」

緑色の目をいっぱいに開いて笑う彼女に、俺がずっとこの島で君を待っていたのだといったら、彼女は俺を笑うだろうか。

「ナマエ、・・・また、会おう。」


君が泣くのならば、その雫の全てを掬い上げよう。君が怒るのならば、その拳の全てを受け止めよう。俺は彼女を癒す事など出来はしないのだから。ただ、願わくば彼女の瞳が曇ることの無いように。


なみだはうつくしい


title by 約30の嘘

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