ほろ苦ちょこれいと
何も起こらない。
変化そのものは今朝下駄箱にて起こったがチョコが二つ入ってた事ぐらい何とも思わない。何故なら其処にななしの物は無かったからだ。俺が望む日常からの変化は放課後の委員会活動の時間になっても足音すら立てない……ん?今物理的に足音が聞こえてきた。そして引き戸が勢い良く引かれる音。
「ごめん古橋くん、遅れちゃって」
今になって漸く会えたこの本人は果たして、俺が望む変化を齎してくれるだろうか。
「一体何をやっていたんだ?」
「HRが長引いちゃって…」
「なら良い。廊下は寒かっただろ。あたれ」
図書委員の職場である受け付けスペースへ誘導すればななしは平然と俺の隣へやって来て座る。
エアコンの風が直辺りする場所で良かったと思う。
「あ。古橋くんの愛読書はやっぱり植物図鑑?」
「ああ。春に向けて寄せ植えをしてみようと思ってな。何か無いかと探してる」
「あ此れ綺麗!春になると葉っぱが薄くなって花が沢山付く奴!」
「ベロニカのグレースか…中々良い選択だな」
「今の時期は葉っぱが濃いのなら白とか入れた方が良いよね〜…このサクラソウとか、ラミウムとか…」
「成る程な…今度苗を買うか」
ななしは花に詳しいワケじゃないが色遣いが良いのでレイアウトについては良い意見を言ってくれる。たまに種類のバランスを考えないで発言する事もあるが其処は御愛嬌だ。
「にしても…古橋くんがガーデニング好きなんて今でも信じられないよ…」
「バスケ部の連中にもよく言われる」
「目が死んでるからなあ…」
「悪かったな」
「いやいや!私は古橋くんの顔好きだしね!」
「!?」
捲る頁を うっかり破いてしまうところだった。だが本人は俺以上に驚いて慌てていた。
「いやいやいや!口説いてるとかじゃなくて!単純に誉めてるだけだからね!ほ、ほら、古橋くん顔は整ってるんだしっ!」
「解ったから図書室では静かにしてくれ…」
口ではそう言ったが俺自身も内心は慌てている。
コイツは俺の顔を誉めたが、其の発言は一体どんな気持ちから来たのだろうか。社交辞令か若しくは恋慕からか……何せ今朝下駄箱で見たのと似たようなラッピングをした小振りな袋がななしの手元から顔を覗かせていたのだから、後者なのかもしれないという期待が膨れ上がっているのだ。
――「##namae2##!」
突然俺の思考と二人の時間を裂いた声はななしを呼び出した。
「お前今日日直だろ?日誌書き忘れてたぞ」
「あっ…!ご、ごめん!直ぐ行くね!」
ななしは俺に片手を立てて『申し訳ない』というポーズを取った後、奴と一緒に図書室を出て行ってしまった。
其れだけなら俺も気にしなかっただろう。
相手が普段からななしと一緒に話してる男でなければ。
チョコらしき袋を一緒に持って出て行かなければ。
*
「ごめんね古橋くん、私の不始末で…」
返却された本を棚に戻す俺の背中にななしが話し掛けた。
「別にいい」と普段と変わらないトーンで返せばななしが寄って来て俺が持っている本の束を掻っ攫って行き、別の本棚へ移動した。入り口や受け付けから死角になっている場所へ俺は追い掛ける。
背を伸ばして本を戻そうとするななしの背後に立ち、本を取って棚へ戻してやる。
「ありがとう古橋く――」
ドン!! 振り返った瞬間に本を落とさんばかりの勢いで手の檻を作り、ななしを閉じ込めた。
背中を丸めて目と目を合わせ易いようにすると、唇を重ね合わせた。
「――!!?」
ずっと狙っていた唇はリップを塗ってるからか滑るが離すワケにはいかず夢中で食らいつく。「んっ……ぅぅっ」たまに角度を変えればななしの口から溢れる悩ましげな声が聴覚を犯していく。誘惑される様に舌を差し込めば――ななしが抱えていた本の束に逆襲された。上履き越しに来た地味な痛みに免じてキスを中断した。というか、当初の目的を忘れるところだったから丁度良いか。
「はあっ…ど、どうしたの?古橋、くん…」
「………さっきは、」
「…は?」
「本当に教室へ戻って日誌を書いただけだったのか…?」
チョコはさっきの奴に渡したのか。奴とは何も無かったか。
「其れだけ、だけど…何で…?」
「………すまない」
キスまでやってしまったのだから茶を濁したって意味が無い。正直に吐く事にした。
「……俺はお前の事が好きだ。俺以外の男と話すのが許せないくらいに」
元には戻せない言葉を表に出してしまえば、ななしは口元を隠して顔を逸らしてしまった。よく見ると顔も耳も赤い。
「え……そ、そんな……」
「………本当にすまない」
「い、いやだって…………ビックリしたもん……」
ななしは腹と胸の間を抱えている。ブレザーの中で何か動いてるようだが……。
「渡して……言う前にされちゃったから……」
輪郭からして袋のようだ。まさか……、
「中に入れてるのか…チョコを」
「うう……古橋くん!受け取ってくれますか!?」
ガバッ!と勢い良くさっきの袋をブレザーの中から取り出して俺に差し出した。俺の顔を見辛いと言う様に目を瞑っている。
「………ふっ」
「む、ムード無いのは重々承知してるから笑わないで!」
「構わない。それより…良いという事なんだろう?」
俺だけのお前になってくれて
(家に持って帰った開けたトリュフは不恰好だった)
(それでも嬉しくて何度か触ってたら溶けてしまったが)
(味は美味かった)
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