私のヒーロー

昔から、弘君は私のヒーローなんだ。

今、彼にそんなこと言ったら、照れて怒っちゃうんだろうけれど。

幼い頃から、弘君は正義感あふれる良い子だった。

幼稚園で男子にいじめられていたら、すぐに駆けつけていじめっ子たちを追い払ってくれた。

転んで泣いていたら涙を拭って、家まで連れて帰ってくれた。

1人でいたらいつも声をかけてくれた。

とってもとっても優しかった。

そんな人のこと、嫌いになるわけがないわけで。

幼稚園から今まで、私の好きな人は、弘君ただ1人なのだ。

「ななし、飯行くぞ」

霧崎第一高校に入学して二年目の今も、こうやって声をかけてくれる弘君は、やっぱり優しくて、やっぱり好き。

「ザキー、ななしちゃーん、早く行こー」

教室の外から、薄紫色の髪の毛をふわふわと揺らしてこちらへ歩み寄ってくるのは、弘君の友達の原君。

毎日屋上でご飯を食べるけど、そこに集まるのは私以外は全員バスケ部の人。

部外者の私が混ざってご飯を一緒に食べるのは気が引けるけれど、弘君といられるし、弘君が呼んでくれて皆受け入れてくれるから、とても嬉しい。

だけど、やっぱり男子の中に1人だけ女子が混ざることを快く思わない人はいるらしい。

ある日の放課後、弘君達が部活に向かったのを見送った後、帰ろうとすると、どこかで見た気がする女子達に声をかけられた。

「あんたさぁ、バスケ部のマネージャーにでもなったわけ?」

校舎裏に引っ張られて来てから一言目に聞かれたのはそれ。

「あの…」

「こんな時間にこんなとこにいる時点で違うと思うけどー」

違いますと答えようとした瞬間に遮られてそう言われた。

確かに、マネージャーではないから、肯定の意味で私は口を噤んだ。

「仮にマネージャーでも許せないのにさ、何でもないアンタがバスケ部の皆といて良いと思ってるわけ?」

濃い化粧と香水の匂いを振りまいてそう言った女子は、眉をつり上げて眉間に皺を寄せて言った。

そうだ、思い出した。

原君とよくお話ししてる人達だ。

「…何とか言いなさいよ!」

「っ…ご、ごめんなさ…っ」

怒鳴られて反射的に謝ると、ぐっと胸ぐらを掴まれて、グイッと顔を近付けられた。

「これからは一切皆と関わらないで」

「い、一切…?」

「関わったら、痛い目見るわよ。いい?」

すごい剣幕でそう告げて、女子達は去っていった。

一切だなんて、弘君とも関われないってこと?

そんなの…嫌…だけど…怖い。

それから私は、荷物を取って、走って帰った。

次の日、私はバスケ部の皆と、弘君と関わらない日常が想像できずに、学校へ行くことが苦しく感じて休んだ。

休んでいれば、関わることもないし、怖い彼女たちにあうこともない。

私は、解決策を考えるフリをして、現実から目をそらして布団に潜り込んだ。

それからどのくらいの時間が経ったのだろう。

気が付くと、空は夕日の赤で染まっていて、部屋の中も赤く照らされていた。

一日中寝てしまっていたらしい。

あぁ、赤い。

まるで、弘君の染めた髪の毛のように赤い。

弘君、ひろしくん、私、どうしたらいいの?

「っ…ぐず…」

1日会っていないだけでこんなにも寂しくて辛いなんて、自分でも思ってもみなかった。

溢れる涙は、止まらなくて枕を濡らしていく。

コンコン

突然、部屋の扉をノックする音がして、思わず慌てて布団を被って寝たふりをしてしまう。

サボったんだもん、やっぱりうしろめたさはある。

「#名前#?」

聞こえたのは、弘君の声だった。

何というタイミング。

「…入るぞ?」

カチャリ…パタン

小さな音がして、気配が近付いてきた。

「ななし?寝てるのか?」

扉の音も、声も、私のことを気遣ってか、とても小さくて、控えめで、そんな小さな気遣いもとても胸を締め付けて、また、涙が出そうになる。

「ななし…?」

ふわり、と頭のあたりを覆う布団の感覚がなくなった。

代わりに、頭には撫でられる感覚。

え、今撫でられてる…

見られてる?

涙の跡も拭っていないぐちゃぐちゃな顔を?

そう思うと、いてもたってもいられずに、バッと両手で顔を覆った。

「うおっ!?起きてんのか?」

「…う、うん…」

弘君の声だ。

弘君の手だ。

そう思うと、嬉しいような苦しいような、よくわからない感覚になって、気付けば顔を覆う手はもうはずれていた。

「ななし…何があった?」

いろいろすっ飛ばしてそう聞いてくるあたり、やっぱり私のことをよく見てくれているのかな、なんて思って、都合の良い方に考えてしまう自分に、今気付いた。

「…バスケ部の人と…関わっちゃ…ダメなんだって…」

弘君に撫でられながら、私はポロポロと言葉と涙を零した。

女子達に言われたこと。

それが辛いよってこと。

「…はぁ?意味わかんねぇ」

話してる間中、ずっと黙って聞いていてくれた弘君は、イラついたようにそう言った。

「ごめんね…私が遠慮なさすぎたんだよね…」

私が我慢すればいい話なのは、分かっていた。

でも、我慢できないのだ。

弘君が大好きだから。

それも、言い訳にすぎないのかもしれないけれど。

「ちげーよ。俺がななしを巻き込んでるんだろ…ごめんな」

弘君は、とっても申し訳無さそうに、いつもはつり上がってる眉毛をハの字にしてそう言った。

「違う。弘君のせいじゃない。私、分かってたもん。バスケ部の人の中に1人だけ部外者が混ざることが、よくないことだって。でも、弘君と一緒にいたいって、私が思ったから…!」

勢い良く起きあがった私は、そう言って乗り出した。

でも、弘君は納得してない顔で、眉間に皺を寄せている。

「でも誘ってるのは俺で、そのせいで、女子に囲まれて怖い目にあったんだろ?…ごめんな。だから、これからは…」

弘君は、何を言うつもりなの。

想像した言葉が聞きたくなくて、私は耳を塞いだ。

「…やだ…弘君と一緒にいたい」

譫言のようにそう繰り返して、きつく目を瞑った。

「俺も、一緒にいたいからよ、これからは一緒にいても文句言われない関係でいればいいだろ?」

塞いだ耳に聞こえたのは、そんな言葉。

想像したのと違って、私はポカーンとしてしまった。

「なぁ、これはちゃんと聞いてくれ」

弘君はそう言うと耳を塞ぐ私の手を優しく掴んで、微笑んだ。

「#名前#、俺さ、ななしのことが…1人の女子として好きなんだ。だから、俺と付き合ってくれ」

塞いでいない耳にしっかりと届いた言葉。

それは、何よりも嬉しくて、何よりも甘く響いて、何よりも暖かかった。

「弘君…私…好き!弘君のこと好き!大好き!」

嬉しくて嬉しくて、溢れ出る纏まらない言葉をそのまま弘君に伝える。

ちょっとびっくりしたように目を見開いて、弘君は私を抱きしめてくれた。

「これで、誰にも文句言われねぇな」

声だけで分かる、嬉しそうにしてる弘君に、私もすごく嬉しくなって、ギュッと抱きしめ返した。

「うん、うん!私、弘君と一緒にいられるんだね!嬉しい!」

「ちょ、おま…はっきり言いすぎ…」

私の頬に触れてる弘君の頬がさっきよりも熱くなって、抱きしめる力がちょっと強くなった。

「弘君はヒーローだね。やっぱりいつも私のこと助けてくれるね」

「ったりめーだろ。ななしを助けるのは俺だけで良いんだよ」

普段とっても優しくて、バスケ部の皆からいじられる弘君が、珍しく強気なこと言うから、ちょっとドキッとした。

私のヒーローは、私だけのヒーローになってくれました。

もう、何も怖くないよ。

*****

後日

「ザキー、言ってたのってコイツ等?」

「あぁ、だと思うぜ」

「ななしちゃんに手ぇ出すなんてバカだねぇ」

「まったくだな」

「ふはっ、俺らにとっても大事な奴だしな。痛い目見るのはお前たちだぜ。覚悟しやがれ」



それから、あの女子達に絡まれることはなくなりました。

不思議だね。

〈終〉



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