笑って、
今日は寒空の中デートである。
天気予報士のお姉さんが『今週末は冬に逆戻り!寒くなるのでコートを忘れずに!』と言っていたのに、金曜日の花宮はななしにこう言った。
「明日出かける
お前…白いブラウスと小さくて黒い花が書いてある赤いワンピース持ってたよな?あれ着てこい
あと白のAラインコートも」
「…あの、」
「朝9時」
「…えっと、」
「いつものコーヒー屋の前」
「…」
「じゃあな」
デートのお誘い…と言うよりご命令があったので、ななしはとりあえず言う通りにした。
寒い。
主に足が寒い。
急いで来たので身体は温かいが布の少ないところが寒い。
「遅い」
「ごめんね」
会って一番に文句を言われななしの心はちりりと傷ついた。
彼の性格上仕方のないことなのだが、理解しても心は傷つくのだ。
花宮が服を指定して来たのだから、「俺の見立て通りだな」くらいの言葉はくれてもいいのではないか、そう思った。
花宮が歩き出すのでななしもその後ろについて行った。
なにも言わずさっさと歩き出してしまう花宮だがななしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるのをななしは知っている。
「ん」
ほとんど話さないまま手の平を出される。
なんだろう?なにかほしいのかな?私は原くんじゃないからガムはないけど…
そう思っていると花宮が口を開いた。
「手は」
「え、あっうん」
「察しが悪い」
どうやら手を繋ごうということらしい。
ななしは花宮の差し出す手におずおずと自分の手を重ねた。
再び文句を言われたのでムッとしたが花宮が口で言ってくれるなんて珍しいことなので黙っておいた。
いつも勝手に手を握ったりキスをしたり…なんの断りも入れずに、しかし花宮はななしをリードするのが上手い。
キュ、と優しく手を握られそこから花宮の気持ちが温もりに変わり伝わってくる気がした。
少し体温が低いのか、花宮の手は冷たい。
はあ、となぜかため息を吐いた花宮はななしに言った。
「寒い」
「…今日寒いって天気予報で言ってたよ」
知っているから花宮は自分も#名前#も寒くないような格好をしているのだろう。
現に花宮だって少し厚めのコートを着ている。
「#名前#」
花宮が呼びかけるのでななしは少し前を歩く花宮を見上げた。
白と灰色がところどころ混ざった空を背景にした花宮はどこか儚げだ。
それがなんだか悲しくて、心が痛んで、「なに?」とたった一言の返事も出来なくて、そのまま見上げることしか出来ない。
「…寒い中連れ出して悪かった」
「お前と2人でどこかへ行きたかった」
「少し俺のわがままに付き合ってくれ」
花宮はぽつり、ぽつりと心の内を呟いた。
悲しいような、苦しいような、バツの悪い子供のような様子の花宮が愛おしくて、痛んだ心が融けた。
「真にどこまでもついて行くよ」
ななしがそう言うと花宮は少し意外そうにななしを見つめる。
素直に謝ったあたり、少なからず罪悪を感じていたのだろう。
ななしは微笑みかけることも明るく振る舞うこともせずただまっすぐと真剣な目で花宮を見つめる。
これが本心で真実だと。
「ななし…」
花宮は呟くと繋いでいた手をさらに強く握り、いつも通り人を見下したような笑い方で笑った。
「ふはっ」
しかしそれはいつも通りではないような気もした。
ななしを大切に思ってくれる彼氏としての花宮の笑顔に見えた。
#名前#にはそう見えたのだ。
だからななしも笑った。
「ふふ…バアカって言う?」
「ああ、そうだな」
花宮がそうやって優しい表情で言うのでななしはやはり笑った。
この幸せな空間をさらに幸せにする魔法を2人でずっとかけよう、と。
「ななし、もう少し大人になったら言いたいことがある」
大人になったら、なんてわかりやすく含んだ言い方をする花宮がどうしても可愛くてななしはにやけてしまう。
「じゃあ、真の隣で待ってる」
「ふはっ、図々しい」
言葉に棘があるが表情は笑っていた。
花宮は繋いでいる手を少し前に引っ張りななしを自分の隣で歩かせる。
「じゃあ今から隣で待ってろ」
「うん、真の隣大好き」
「…俺の… 隣 ?」
聞き捨てならないとでも言うように花宮がななしを見下ろした。
なんで『 俺が 大好き』じゃないんだ、そんな顔をしている。
じゃあ欲しい言葉をあげようか。
ななしは花宮に向かって優しく言った。
「真大好き」
「知ってる」
なにが知ってる、だ。
これが強がりなことをななしこそ『知っている』。
頬を赤くしないように強がるのだ。
ななしはくすくすと笑った。
「…なに笑ってんだよ」
「いや、真のこと大好きだなあって」
「っ…しつこい…」
今度こそ花宮の頬が赤くなる。
どうやら2度も言われるとは思っていなかったようだ。
悪態を吐きながら顔は嬉しがるのが丸見えだ。
花宮はふいっ、と前を向いて繋いでいない方の手で口元を隠す。
ああ、なんてかっこよくて優しくて、それでいて可愛い彼氏様なのだろう。
花宮はチッ、と舌打ちをすると再びななしの方を向く。
「バアカ」
花宮は未だ赤い頬で赤い舌を出して笑った。
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